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男女問わず幅広い年代のファンの心を捕らえて離さないセルジュ・トラヴァルのジュエリー。
スターリングシルバーやゴールドに一文字ずつ刻まれた文字が、素材そのものの持つ力強さと素朴な美しさを際立たせる。お気に入りの本や記憶、友人に提案されたフレーズなどをジュエリーに刻み続けたセルジュ。生前のセルジュに最も近いところにいた2人の人物、パートナーのジュヌヴィエーヴと親友のフランシスの言葉とパーソナルなアルバムを紐解きながら、セルジュ・トラヴァルの作品に込められた愛と魂のメッセージをたどってみたい。



Profile
SERGE THORAVAL(セルジュ・トラヴァル)

1962年 パリに生まれる。
1988年 パートナーであるジュヌヴィエーヴ・シュヴィヨーとの間に息子ロックが誕生。
1989年  友人のジュエリー・ブランドの溶接作業を手伝ううちにジュエリー制作に目覚め、独学でジュエリーを作り始める。その後、ティエリー・ミュグレー、クロード・モンタナ、ランバン、ジョセフ・オブ・ロンドン等のファッション・ショウのジュエリーを担当。また、アニエス・ベー、ソニア・リキエル、パコ・ラヴァンヌ等のためにジュエリー・ラインのデザインも行うようになった。
1990年 自身のコレクションをスタートさせる。フランスの有名な小説『シラノ・ド・ベルジュラック』の中の詩から“Un Baiser(接吻)”のブレスレットが誕生。また、 “Maille”の原型が作られる。
1993年 南仏、サン・レミー・ド・プロヴァンスの店舗“グラン・マガザン”のオーナーであるフランシス・ブローンとの運命的な出会い。永遠の友情と、“グラン・マガザン”での販売がスタート。
1994年 パリのアクセサリー展示会“Premiere Classe”へ初参加、大成功に終わる。雑誌編集者がバイヤーを送りこんでくれたおかげで、パリのBon Point、アメリカのNieman Marcus、Barney’s、香港のJoyceなど世界各国の有名店からオーダーが入り、卸先が倍増。
1995年 “Premiere Classe”への2度目の出展。後にH.P.FRANCEのバイヤーとなるフランソワーズ・セーグルとの重要な出会いがある。パートナーのジュヌヴィエーヴ、息子のロックとともに家族でモントルイユの鋳造所に引っ越す。初めてアトリエとアシスタントを持つ。
1997年 パリの“SCENES D’INTERIEUR”というインテリア雑貨の展示会で、黄銅を使った檻やランタン、キャンドルスタンドを展示。同年、フランス版『ELLE DECO』誌にセルジュ・トラヴァルの特集記事が掲載される。
1999年1月 セルジュ、交通事故により他界。彼のコレクションはパートナーであるジュヌヴィエーヴが引き継ぎ、“アトリエ・セルジュ・トラヴァル”としてセルジュが作ったジュエリーを忠実に復刻し続けている。
2002年8月 東京、表参道に初の路面店オープン。
2014年 セルジュの一人息子であるROCK THORAVAL(ロック・トラヴァル)がクリエイティブ・ディレクターに就任。父セルジュの魂と今の時代を感じるジュエリーを発表している。
 

パートナーのジュヌヴィエーヴが語る、セルジュの生まれながらの才能

いつもいつも感嘆したのは、まさしくセルジュが持って生まれた才能そのもの。私たちがトンカントンカンやってもまったくうまく行かない作業を、パン、パン、パン!とちょうど良い力具合でパーフェクトにやってのけるのだった。そうして出来上がった完璧な形のジュエリーを見ていると、まるでメタルがセルジュの意志に沿って、彼の思いのままに曲がるかのようだった。

息子、ロックへの想い

1988年、セルジュとジュヌヴィエーヴの息子、ロック・トラヴァルが誕生した。
セルジュは若い頃、自分自身の人生に愛着がなく、自暴自棄な生活を送っていた。それは、彼が母親から求められて生まれなかったことと関係しているのかもしれなかった。その彼が、私がロックを妊娠したことを告げたとき、いきなり窓際に走り寄り、発狂したかのように「うわーっ!」と外に向かって叫んだ。そして、キングコングのように胸元を叩き、「今まで自分の人生に愛着がなかった自分だけど、これから生まれてくる子と母を守り抜くよ!」と言った。ある意味で、ロックの誕生が彼を救い、彼の人生に本当の意味での価値をもたらしたのだろう・・・・。

新しいコレクションが誕生する時

展示会の3日前になると、アトリエの扉が固く閉ざされ、鍵がかけられる。セルジュはここに24時間缶詰状態で寝泊りし、シャワーを浴び、一人きりで制作に没頭する。時々、親友のフランシスだけが中に入ることを許されたが、秘密が漏れてくることはなかった。最後の最後まで、セルジュがどの方向に向かってクリエイションを進めているのか、誰にも分からなかった。
展示会初日、ブースをセッティングしていると突然セルジュが現れる。上着やジーンズのポケットに手を突っ込み、何かごそごそと探しているかと思うと、ごちゃごちゃしたものを引っ張り出した。ガムが2枚、タバコの吸殻、クリネックス・ティッシュ、そしてそれらと一緒に取り出される、新しいシルバーの作品。そのジュエリーたちには全く未知のフレーズや、以前に聞いたことのあるフレーズが刻まれているのだった。

ポケットの中の秘密

彼のポケットには、いつも新しい作品がごろごろと無雑作に入れられていて、いきなり「これどう思う?」と手に乗せて突き出してみせる様は、まるでポケットから飴玉を取り出す子供のよう。飾り気のない、謙虚なやり方がいかにも彼らしかった。 新しいジュエリー以外にも、彼はいつもどこかへ出かけるたびに、木片や錆びた鉄片や、鉄道の枕木や、あるいは古い荷箱などを持ち帰ってきた。
何かひとつでも持ち帰らない日はなかったから、家中、セルジュの持ってきた雑多なオブジェで一杯だった。集めてきたものが彼のインスピレーションの一環だった。完璧な新品よりも、傷んで時を経たようなもののミステリアスな一面に惹かれているようだった。彼が何かを創造し、何かを愛するときには、パーフェクトでない部分がなければならなかった。人間と同じで。いろいろな時を経てきた人が味わい深く、他人に感銘を与えられるように・・・・。

「刻む」という行為の意味

セルジュの家系はコルシカ島出身だった。コルシカというと、フランスでは頑固でマッチョな男のイメージ。想いを言葉にして口で伝えるということは、コルシカ男子として教育を受けている彼にはよほど難しいことだったのだろう。感情や気持ちを会話の中で普通に表現することがとても苦手だったセルジュは、「昨日電話くれてありがとう」など刻印したメタル片を友達に送ることがあった。
今ではもう指が入らなくなってしまったけれど(笑)、私が大事に取っている指輪がある。それは セルジュが初めて作った指輪の一つで、二つの輪がいびつにくっついているようなデザインのもの。このリングは、表面ではなく、内側に「Je t’aime(愛している)」と刻印されている。この指輪のことを、「うまく回らないけれどとても固く溶接されていて、これが僕たちの関係を表しているんだ」と彼は語っていた。 刻印するという行為は不器用で無骨なセルジュにとって、“Dire(語る、話す)”ということに代わる、彼らしい表現手段だったのだろう。



アーカイブ

Un baiser(1990年)

数日前からセルジュはブレスレットの溶接をし始めていた。1日中金槌で力一杯叩き続けるため夜には肩が痛くなり、ジュヌヴィエーヴの隣で読書をしていた。その時読んでいたのがエドモンド・ロスタンド作『シラノ・ド・ベルジュラック』。“接吻”という一節にぶつかった時、彼が突然叫んだ。「これだ、これだ! これをブレスレットの上に書くんだ‥‥!」 一語一語力を込めてメタルにテキストを刻みつけてゆく。そして、素晴らしく見事な、アイデアと形の完璧なハーモニーが現れた。

【Un baiser -接吻-】シリーズはこちら

La Maille(1991年)

セルジュのお気に入りの作品。ベースとなる環を緯に編んでゆき、そこに丸や四角のメタル片、円柱、キューブ、ガラス玉、ストラスをはめ込んだものやメタルの粒‥‥、さまざまな色と形のパッチワークを施してゆく。

【Maille -編み目-】シリーズはこちら

La Genese(1993年)

ある日、セルジュはジュヌヴィエーヴの聖書を手に取った。彼は即座に、聖書の中で語られるエピソードのシンボルの強さに惹きつけられた。聖書の一節を大きなスパイラル状に刻みつけたメダルは、今まさに創られんとする混沌とした世界を喚起させる。ブレスレットとリングには、引きちぎられた羊皮紙を思わせる表現が使われている。

【La Genese -創世記-】シリーズはこちら

Les 5 Sens(1994年)

五感についてはかなり奇想天外な話がある。セルジュは嗅覚がまったくなかったらしい。彼は、嗅覚の不在を、敏感な触覚と飽くることなき好奇心で補っていたのだ。視覚、聴覚、触覚、味覚‥‥、常に彼を取り囲んでいる外界。それは彼にとって100%“Vivire(生きる)”ということだった。

【Les 5 Sens -五感-】シリーズはこちら

Love(1995年)

ここに込められているのは、いとも明白なメッセージ。 同時に、愛という絆は、はかなく、壊れやすいものであり、拘束であってほしくない・・・・というニュアンスを込めて。

【LOVE -愛-】シリーズはこちら

親友フランシスの言葉

ごくシンプルなただのシルバーの欠片、ゴールドやメタルの欠片。でも、セルジュはそれらの“核心”を知っていた。まるで彼が、メタルたちと何か特別で、親密な、彼らだけにしか分かりあえない間柄であるかのように。 金槌で打ちつけながら、セルジュはどこにそれぞれのアルファベットを刻んだらよいか、どうすればアグレッシブな形を繊細な形に変えられるか、的確に、そして正確に知っていた。実のところ、その正確さを感じ取れるのは、セルジュしかいなかった。
彼のジュエリーは、自分の身から切り離すことのできないタトゥー(刺青)になる。メッセージや思いや秘密、あるいは鏡に反射する姿や告白、共謀者の打ち明け話を運ぶものになる。まるで、第二の皮膚のように。 セルジュがメタルに文字やフレーズを刻むと、そのメタルの欠片は必ずなにかを語り始める。そのメタル片はいつもセルジュの記憶であり続け、そこにセルジュが残り続ける・・・・。
そう、セルジュは永遠に残るのだ。どこでもない場所の中心に。セルジュは、他所ではなく、今、ここにいるのだ。私は誓って言う。セルジュは至るところにいる、今も、この先も、永遠にいるのだと。
いつか私たちはセルジュを再び見つけるだろう!

フランシス・ブロン
ブティック“グラン・マガザン”のオーナーでありセルジュの親友。
彼がセルジュの死後、セルジュに宛てて書いた手紙の一部を抜粋。


左:SERGE THORAVAL(セルジュ・トラヴァル)
右:ROCK THORAVAL(ロック・トラヴァル)

時を経て、ロック・トラヴァルに引き継がれ永遠の定番として今も語り継がれている。