Kühn Keramik 「いびつさ」に魅了されたアーティスト


ドイツ・ベルリンのセラミックブランド、Kühn Keramik (クーン・ケラミック)。デザイナーのベルンハルト・クーンは、1967年、ドイツ、バイエルン州生まれ。幼い頃から土をいじるのが大好きで、ごく自然に陶芸家としての修行を始める。その後、パリの美術大学でデザインを学び、1993年より自身の陶芸作品を制作しています。クーン・ケラミックの世界はまるで魔法のようで、ゆがんでいて、風変わりな、まるでルイス・キャロルの”不思議の国のアリス”のような数学的にひねられた世界は、しばしば斬新で変わったモノの見方をするのを助けてくれる。バロック時代の宮中生活、豊かで魅力的な「黄金時代」からの風刺的な引用が、クーン・ケラミックの作品の軸となっている。


INTERVIEW

2016.9

ドイツ、ベルリンのブランドKühn Keramik(クーン・ケラミック)。 市内のクロイツベルグ地区にあるお店は古い薬局だった内装をそのまま活かし、 デザイナー、ベルンハルト・クーンの世界が凝縮された不思議な世界の入り口だ。 ベルハルトと彼の妻でありビジネス・パートナーである Claudia Elsholz(クローディア・エルショルツ)にたずねた。





クーン・ケラミックが生まれた経緯をお聞かせください。
ベルンハルト・クーン:
私が生まれた時が、まさにクーン・ケラミックの誕生した瞬間と言えるでしょう。8〜9歳頃に、母が通っていたセラミックのクラスが楽しそうなので私もついていきました。土を捏ねれば好きな形が作れることが楽しくて、想像の赴くままに色々なものを作りました。今思えば、まさにアートセラミックですよね。その時、土を使えば自分の世界を表現することができると思ったのです。成長した後、セラミック制作に関する専門的な指導を3年間受けました。そこで学んだ知識や技術が、創造的な可能性を私にもたらしたのです。制作に専念できる自由を感じました。


制作のプロセスは?
主に自分で作った石膏型に陶土を押し込んで、幾つかのピースを手で組み合わせることで制作しています。手仕事での作業中に、ひとつひとつのセラミックに個性が加わります。全く同じものは一つとしてありません。これが大事なのです。


クーン・ケラミックとしての初めての作品はどのようなものだったのですか?
セラミックの指導を受けていた時に、全ての小物や道具を詰め込んだピクニック・バスケットを作りました。


クーン・ケラミックにとって、欠かすことのできない美意識とはどのようなものですか?
クーン・ケラミックに欠かせない美しさですか?それはおそらく「いびつさ」になるでしょう。
以前、とあるジャーナリストが私たちを次のように評しました。
「ベルンハルト・クーンは薄汚れてくたびれたスーツケース、バスケット、それにバッグから宝物を掘り起こして、ゴールド、シルバー、プラチナで飾り立てる。彼は、見捨てられ、廃棄され、使い古されたものから、彼にしか作れない作品を生み出す。」
全ては個々に関わり合い、集まることで、私のこの世界への視点を映し出すのです。


あなたはドイツではなくフランス、パリへ留学しています。ドイツにも手仕事と職人の長い歴史と伝統がありますが、なぜドイツ国内ではなくパリで学ぶことを選択されたのですか?また、パリで学んだことでご自身の作品や価値観に変化はありましたか?
ドイツでは制作に必要不可欠な技術や知識を全て学びました。逆にパリでは、自分の作品制作に向き合うことが出来ました。伝統的なドイツのセラミック制作には興味をもてなかったのです。パリ留学中、楽焼の技術で作品を制作しました。古くからの日本の技ですよね。ドイツだけでなく、ヨーロッパ全体のクリエイションがどこか固定され、行き詰っていたように感じられる時期でした(実際は才能あるクリエイターがいたのですけれど)。私の制作に対するアプローチは、ドイツで知識、技術を全て学んだ上で、パリで技術的な決まり事を緩めていき、新しい視点と可能性を手に入れるというものでした。最終的に、ベルリンのもつ実験的な空気感を作品に加えることにしたのです。


一般的に、ドイツとフランスのセラミックにはどのような違いがありますか?また、クーン・ケラミックはドイツとフランス、どちらのセラミック文化の系譜にあると考えていますか?
ドイツとフランスのセラミックの伝統には大きな違いはありません。常に手軽で経済的な食器類を作り出すことに重きが置かれてきました。また、芸術的なセラミック制作に関しても2国間に大きな違いはないでしょう。これは私個人の考えですが、ドイツよりもフランスの方が、手仕事(セラミック制作もその一部ですが)への敬意がより払われていると感じます。私はといえば、伝統的な日々の器にも、美術品としてのセラミックのどちらにも属していません。そもそも、クーン・ケラミックは歪んでいて、均等ではなく(一般的によくないとされますね)、ありふれた題材過ぎてアートとも言えない。 私は慣習的に既に完成され出来上がったものを作りたいのではなくて、むしろそれらとは逆を行くもの、私の声や主張が表現されたものを制作したいのです。





あなたは、「手で何かを作り上げること」にずっと魅了され続けています。その理由は?また、あなたが手仕事を選んだ何か特別な思い出があれば教えてください。
私の母は手を使って何かを作ることを生涯愛した人でした。彼女は経験を積んだクチュリエで、後に手仕事を教える先生になりました。私は彼女から多くを受け継いだのでしょう。残念ながら、母は芸術的な才能を追求することができませんでした。それは第二次世界大戦後の不安と、時代の中で安定を求める結果だったのです。母は常に私を信じ、いつも支えてくれました。母は私を誇りに思ってくれていると思います。


あなたが制作するものには幾つかの、時には多くの不規則な“うねり”やでこぼこがあります。あなたが「いびつさ」に魅了されている理由を教えてください。
完璧さは、単純すぎます。完璧なものや、一切の欠点のない人は、ただただ退屈なだけです。どこかに欠けや、喜びがあって、物事は面白みを持ち始めると思います。
混沌は全ての基盤で、始まりなのです。私の作品は歪んでいて、進化の始まりなのです。


クーン・ケラミックの世界観は、ルイス・キャロルの作品に影響を受けたと聞いています。どのように作品と出合ったのですか?また、他にも影響を受けた作家はいらっしゃいますか?
ルイス・キャロルは、混沌、ゆがみ、空想、反抗、パンクをベースに、「不思議の国のアリス」を物語っています。彼の2冊の本を読んで、自分の中に溶け込ませました。初めは分からなかったものが、何度も読むことで、自然と理解できたのです。
セラミックのトランプや、セラミックのカトラリーなどそれぞれは偶発的に制作したものなのですが、後に私の作品全体を並べた際に、ルイス・キャロルの世界が根底で投影されていることに気づいたのです。
また、影響を受けたという事で言えば、基本的に全てのものが私に影響を与えています。作業中はどんなジャンルの音楽でも聴きますし、テレビもたくさん観ます。新聞も読むし、美術館も訪れる。私はむしろ興味を持てないもの、影響をもたらさないと思えるものを排除します。例えば、モダンアート、科学技術、それに近代デザインなどを。


たくさんの形やオブジェを制作されています。制作に入られるとき、まず頭に浮かぶのは何でしょうか?テーマ、目的、もしくは形から入られるのですか?
決まったルールはありません。頭の中に浮かんだものがすぐに形を持つべきか、否か?によります。他人が私の作品をどう思うかよりも、私自身がどういうものを作りたいのか、その制作に喜びをおぼえるか、ということが私にとっては優先されます。テーブルウェアの形を考えるときには、シンプルさと要点を探すように心がけています。お皿やカップの形や機能を新しくデザインし直すことに、私は必要を感じないのです。


白を除いて、ゴールドとシルバーという色は、クーン・ケラミックの精神を象徴する色だと感じられます。この強く、輝きのある色をブランドのシグネチャーカラーとして選ばれた理由を教えてください。
ゴールド、シルバーはとても高価な素材です。この貴重な素材を、表面上は不完全な私の作品に塗り付けることで、独特の精神を創り出すことができるのです。と銀は、常に貴族や上流階級の人々の為だけに使われてきた素材です。私は自分の作品を通し、この素材を“民主化”しているのです。


ご自身の作品にドローイングを加えることにしたのはいつですか?
私は常に自分の作品を装飾したいと思ってきました。まず自分の作品としてドローイングを始めましたが、後にデカルコマニー(紙やガラスに描いた図案をガラスや陶器に移す手法)の技術の可能性を知り、イメージを集めるようになりました。私のセラミックには私が描いたものと、長くコレクションしてきたものの両方が使われています。


クリエイター、作家として一番需要な素質は何だと思われますか?
自分をクリエイターや職人だと考えたことがないので、考えたことはありません。





ご自身の作品を日本のお客様にどのように使っていただきたいと思っていますか? 日常で、または誰かをお呼びする席で、クーン・ケラミックらしいテーブルセッティングを準備するヒントを教えてください。
私たちの製品の中で一番愛好者が多いのはAlice Cupなのですが、多くのお客様より「クーン・ケラミックのない朝の食卓なんて考えられない」と聞いています。私たちにとっては本当に素晴らしい誉め言葉だと思います。クーン・ケラミックだけでテーブルセッティングが出来るなら、個性的な物語がテーブルの上に始まるでしょうね。プレート、カップ、それにプリントの組み合わせから物語が動き出すのです。
でも、使われる方々がそれぞれの趣向に合わせてクーン・ケラミックを楽しんでいただけたら、それが一番だと思います。








私には、あなたの愛犬カルロスがクーン・ケラミックにとってのディーヴァのように見えます。カルロスとはどのように出会ったのですか?
妻のクローディアと私はいつも「パグを飼いたいね」と話していました。ある日、電話が鳴って、受話器を取るとパグのブリーダーからでした。突然、「あなたのパグがいましたよ!!」と言ったのです。私は突然のことで何がなんだか分からず驚いたのですが、実は、クローディアがドイツ中のパグのブリーダーに私に内緒で連絡をしていて、そのうちの一人からの電話だったのです。「あまりにも可愛くて」の言葉と共に、クローディアが連れてきた子犬。それがまだ1歳の愛らしいカルロスでした。


ご夫婦が同じ職場で働く場合、時に仕事とプライベートのバランスをとることが難しくなるでは? お二人の間に何かルールのようなものがあるのですか?
私たちには別々の職場への入り口があって、それぞれ別のフロアで働いています。
私たち二人には異なった責任もあります。そうですね、確かにたくさんのルールや決まりごとが二人にはありますが、厳しく守っているというわけではありませんね。


ドイツ人と日本人には共通点が多くある、と聞いたことがありますが、お二人はどう思われますか?
私もそう感じます。日本人とドイツ人には多くの共通点があると、私も感じます。両国民とも少し型にはまり過ぎなように思えますが、責任感、正確さ、それに的確であろうとする姿勢は確かに似通っていますね。
ただ、国籍に関わらず、優れた人もくそったれもいるものだと思いますから、要は個人の品格なのでしょうね。


日本の工芸、または職人技術で、特別に興味のあるものはありますか?
今は楽焼の技術をもっと学びたいと思っています。また、長い歴史のあるインセンス、ファッション、それに和紙は特に興味があります。


今日のベルリンの創作的な環境やムーブメントは、どのようなものでしょうか?
現在のベルリンの創造的な環境はとても素晴らしいと言えます。ただ、覚えておいてほしいのは、この街は西側諸国の発展から何十年も隔離されていたということです。
この街は眠り続けて、生きることが困難だった時代があったのです。故に、今日のクリエイティブなムーブメントは、むしろ追いつこうとしているものです。急激に変わりつつあるけれど、まだ物価が比較的安いので、アーティストやクリエイターは制作スペースを確保する事が出来ています。多くの実験的な発展が起きています。特にファッション、フード、ビールにおいてね。とても国際色が豊かで、多くの国からのあらゆる影響が感じられますよ。


ここ数年にわたり、世界中で「生き方」についての大きな変化が起こってきました。慣習的な幸福の定義ではなく、より個人的で有機的な生き方を選択するように、人々の価値観が変化してきました。同じような変化がドイツでも起こったと思われますか?
近年の経済的な不況のずっと前から、ドイツでは大きなムーブメントが起きていたのです。環境に悪影響を及ぼす、工業的で資本主義的な大量生産に対抗するように、ドイツでは「ローカルで生産されたもの」「フェアにトレードされたもの」、それに「オーガニックな栽培をされたもの」というカウンターカルチャーが起きました。そのため今ではドイツ国民にとって、なじみある文化になっているのです。インドの生産者とドイツの消費者を直接結び付けるダイレクト・マーケティングを行った80年代のティーキャンペーンを思い出します。


国際的なクリエイティブ、クラフトのコミュニティの中でベルリンという街の役割や立ち位置はどのようなものであると考えられていますか?
現在のベルリンはとても若い都市です。100歳にも満たない。そしてこの一世紀の中で常に変化を繰り返してきました。今では世界中からの多くの若者を魅了しています。
ベルリンは今世界中から注目を集めていて、国際的な成長に影響を与えられる街になりました。歴史家は100年後、ベルリンの重要性を語るでしょうね。





最後に、お二人にとってのアート感のある暮らし(l’Art de Vivre)とは?
生き、生かされることかな。心のままに人生を謳歌し、隣人を大切にすることだと思います。



Photos: ©Torsten Geeck