JACQUES LE CORRE ”LISBON”のルーツを辿る


2018年8月の一番暑い時期、ニューヨークの「H.P.F, CHRISTOPHER(エイチ・ピー・エフ クリストファー)」にて、JACQUES LE CORRE(ジャック・ル・コー)のアイコンバッグ“LISBON”をフィーチャーしたイベント”The Lisbon”が開催されました。JACQUES LE CORREとアッシュ・ペー・フランスについて、創成期から知るニューヨークオフィスのクリエイティブ担当兼写真家のジョアオ・サントスは、彼自身のルーツでもあるポルトガルを旅し、“LISBON”の原点を写真とショートームービーで捉えました。ニューヨークに戻るや否や、熱や匂いそのままの速度で編集された、ジョアオ自身による今回の旅の手記をご紹介します。


私がポルトガルで撮影した最後の思い出は、満面の笑顔と皺だらけの手が、一杯のワインをサーブしてくれたこと。コルクの木に寄りかかりながら、天国にいる心地でそのフレーバーをゆっくり味わったものでした。20数年が経った今でも、その時ことを思い出すと笑顔が込み上げます。そしてこの夏、「JACQUES LE CORREへのオマージュ」という新たなミッションのため、再びボルトガルを訪れました。

この20年の間に、ボルトガルにはリゾート地や観光客が増え、漁村も開発され、最早かつての姿は無く大きく変化していました。その一方で、道端の屋台で満面の笑みでフルーツを売る皺だらけの女性たちや、ポルトガルの歴史を物語るアラビアン様式の城や教会、昔ながらのパエリアをファド(ポルトガル民謡)の生演奏とともにサーブする石畳の裏通りのレストランなど、以前となんら変わらない光景もそこにありました。

抱えられるだけのリスボンバッグと、いくつかの撮影機材を手にした私は、リスボンの街とその北部の村をただ一人歩き回りました。北側にある山の中では魔法のような朝日が見られると聞いていたし、写真に収めるべき素朴で落ち着いた景色を目の前に、良い旅になると確信していました。そして3日間、小さなレンタカーを運転し、その中で呼吸し、眠りました。いくつかの地域を通り過ぎて、小さな村や街を訪れました。カラフルな建物や風変わりな教会を横目にのんびり歩くような村や街では、美しく心温かな人々とその笑顔、健やかさが毎日のメニューでした。
撮影のモデルになってもらえるよう街の人々に声をかけ、数人が協力してくれることになりました。彼らは皆それぞれ物語を持っていましたが、中でもとりわけ私の中に残っている人がいます。

夜、数時間車を走らせ続けて、カスカイスというエリアにあると聞いた小さな街まであと少しという時でした。‘Azenhas do mar’と呼ばれJACQUES LE CORRE “LISBON”のルーツを辿るるその場所は、岩場や海、白い家々、美しく伸びた植物などが共に存在し、日の出の光と波が家々を支える岩盤に同時にぶつかる瞬間の美しさと言ったら、それ以上のものなんてないのではないかと感じるほどでした。この自然が奏でる交響曲の中にあっても、不思議なことに、沈黙がとても魅力的で、私の心を平和で満たしてくれました。その村の小さな荒れ果てた石畳をさまよっていた時、口の隅っこに時化た煙草を咥えた老人が視界に飛び込んできました。彼にエスプレッソを買いましょうかと提案したら、笑顔とともに聞き入れてくれたのです。私たちは、永遠に思える程、握手し合いました。彼はここでの彼の暮らしや家族、そのほか彼の人生にまつわることについて端的に話してくれました。そして、最新のファッションや新品のiPadには代え難い、少年の頃からずっと大切にしてきた自転車が一緒なら、撮影のためにポーズをとると同意してくれました。私は素早く撮影の準備に取り掛かり、キャンバス地の撮影背景、三脚、ライト…そしてリスボンバッグを彼の「宝物」の後ろに静かに置きました。迅速に…迅速に、彼が海辺へとゆっくり向かい始めてしまう前の短い時間に、何度かシャッターを切りました。真に心の優しい紳士でした。

ポルトガルの新鮮な山の空気、海の癒しの力、そして、そこら中に溢れる美しさは、イメージをつくり出すためには完璧な場所でした。この究極のリスボンバッグを私たちの元に届けるために、デザイナー Jacques自身がどのようにして、その完璧なハーモニーとインスピレーションを見出したのか、理解できたように感じました。


H.P.FRANCE N.Y.Inc.
ジョアオ・サントス
訳: 安西啓子