「今回、黄と緑で刺繍花を咲かせたいと思った時、瞼に浮かんだ映像は、冷たい夜の月と針葉樹でした。
月は、まあるく、あたたかい黄に灯っていて、深い緑をまとう針葉樹は、寒さにふるえ、月にぬくもりを求めているように見えました。」

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群馬県は桐生に生まれ育った作家、高澤恵美さん。
今は地元に根ざして愛犬シルクと静かに暮らしながら、桐生に古くから伝わる「横振り刺繍」という技法を用い、美しいemi takazawaの刺繍花の制作に専念しています。



恵美さんの瞼に浮かんだ 黄と緑。
群馬の糸で、群馬で染めて、現実の刺繍花とするために、創業100年も間近と迫った、地元桐生の染色工場を訪れました。



錆色の大きなタンクを背負った木造工場の外観は、昭和を飛び越え大正建築の趣きを放ち、一歩染め場に足を踏み入れると、そこに並んだ機械群はまるでSFの世界から切り出してきたように無骨で、たじろぎに近い緊張感を覚えました。



この染め場の主である「今井さん」は朴訥(ぼくとつ)として、見るからに職人気質。
染料について少し尋ねたところ、科学反応式を並べたような難しいご返答。





その指や爪に染み込んだ染料と同じく、染めのことは理屈も感覚も全て今井さんの身体に染み入っているものだから、明瞭に言語化できるものではないのかもしれません。



また一方で、瞼に焼きついた言語化できない黄と緑を求める恵美さん。
持ち合わせる分野と言語の違う二人が去年の冬からじっくりじっくり染めを重ね、ほぼ一年かけて一致させた、奇跡のような黄と緑が完成しました。




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「黄と緑に染め上がった絹糸を、初めてミシンに通し、高揚する胸を抑えながら、そっとミシンのペダルを踏みました。
縫い進めるごとに気持ちは穏やかになり、針も心地よく動いてくれました。」



「初めて見る、黄と緑の花びら。
なのになぜか、懐かしいような、切ないような、胸がきゅっとなり、不思議な感覚に包まれ、そしてはっと気がついたこと。」



「最初に浮かんできた映像は、私が生まれ育った家から見た景色とそっくりだったんです。
今よりもっと桐生の山奥にある家は杉林に覆われ亡き祖父母が昔、養蚕を営んでいた場所でもありました。」

黄と緑の刺繍花。

「子供の頃見ていた景色を思い出しながら、祖父母のお蚕さんの話を思い出しながら、全てが刺繍花に繋がってる、と感じました。
祖父母のお蚕さんへの愛情が、月と針葉樹の映像を映し出してくれた気がします。」

1月生まれの恵美さんが、初めて見た黄と緑は、こんな色だったかもしれません。

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「朝早くにね、鹿が飛び出してきてね、大変だったんだよ」
外のほうが暖かいからと、お日様の下へ出て工場の周りをご案内頂き、不意に鹿の話が飛び出してきて、今井さんの頬が緩み出した頃、

「この糸で作ったものをお見せしたくて」
と恵美さんが手にしていた桐箱を開けました。
桐箱の中には黄と緑の刺繍花、陽の光が差し込みました。





今井さんが前のめりで桐箱を覗き込み
「ほぉー こういうの作ってるの!」
皺深い今井さんの目元口元に屈託のない笑みがこぼれ、ちょっと照れくさそうに
「いやぁ、もう、これは染め屋冥利に尽きます。」
と、極上の一言が生まれました。



「いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。」
恵美さんも今井さんも嬉しそうに、刺繍花もきらきらしていて、今ここ群馬で、この瞬間、確かな幸福感に包まれていました。


詰め将棋のように妥協を許さなかった職人同士が融合する時、イメージを形にする作家の力、絹糸の不思議、先祖の営み、家族の絆、そして愛情。
全ては桐生の大自然に抱かれて。


刺繍花たちは何も言わないけれど、そんなことをそっと花びらの内に仕舞ってくれているようです。


emi takazawa  横振り刺繍の刺繍花

黄と緑の新作の他、時節にあった美しい彩りでご紹介しております。


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水金地火木土天冥海