「皆を、喜ばせることは、できないと思ったんです。」
恵美さんからその言葉を聴いたときに、どきりとしたけれど、案外納得して、次の瞬間にやっぱり信頼できる方だと思ったのは、嘘がない、素直な言葉だったから。

世にも美しい横振り刺繍の刺繍花を生み出す作家・高澤恵美さんのアトリエ、故郷を訪ねました。

■故郷のこと。

群馬県は桐生。
恵美さんが生まれ育った町、アトリエのある町。
故郷。



東京に比べればとても田舎だと、恵美さんは話します。
かつては都会への憧れもあったし、東京で暮らしたこともあったけれど、今彼女は此処で、真っ黒でつやつやの愛犬シルクと暮らしています。



毎日シルクと歩く近所の散歩道。
赤城山から吹き降ろす空っ風の突風、桐生名物「赤城颪(あかぎおろし)」はこの冬一番の寒気を含んで、殊更に冷たく、頬を刺します。
突き抜けるような冬の青空と、流されてゆく真っ白な雲。何もかもを平等に包みこむ、一面の雪化粧。
コントラストが美しく、息を呑みます。



「今日は本当に寒いですね。でも春にはあの梅林に花が咲いて、秋には稲穂のじゅうたんが広がるんです」
と、丘の向こうを指差し案内してくださる恵美さん。



ここ桐生には四季折々の景色があります。
葉っぱをつたう小さな虫たちの音。
太陽や雲、虹の音、果実や稲穂の実りの音、からからでとんがっている冬の空気の音。
心に響いてくるいろんな音が、あるんです。

そんな響きや音が、自然と言葉となります。

「春子」「夏子」「甘舞」「光」「静舞」「架音」「灯音」「陽泪」「祈結」

これまでも作品に名づけてきた漢字と言葉。

そして言葉が生まれると同時に、刺繍花のデザインが浮かんでくるのだと恵美さんは話します。

故郷にありて、思うもの。彼女にしかできない表現。
でも、誰しもが普遍的無意識に持つ、故郷への想い。

群馬に生まれて、群馬に育った、運命。
だから群馬県産の絹糸で、桐生の横振り刺繍をしているんです。

■横振り刺繍のこと。

桐生の伝統的な横振り刺繍は、かつてより花嫁衣裳の内掛けなどに施す、特別なものです。
恵美さんが愛用しているのは、GOLD QUEEN という、銀色で、年代物の、横振りミシン。



昔の機械は、中の構造がシンプル。
もう、修理できる人も少ないから、壊さないように大切に使っています。
「でも、最近は、壊れる前にわかるんです、あ、壊れそうって。
そう気づいたときに絡まったものをはずしてあげると、壊れないんですよね。」
とミシンを見つめる目には愛犬シルクに注ぐのと同じ愛情に溢れており、もはやこのミシンは恵美さんの手であり足であることも紛れもなく、まさに心技一体の作業。

足で踏むペダルが、針が刺す速度を変え、右膝で押すハンドルが、針が刺す振り幅を変える。

時に小気味よく、時に慎重にゆっくりと、大きく、細かく、針が布の上で行き来します。



恵美さんはその間合いを取りながら、既に頭の中にあるイメージの下絵をなぞるように、まっさらな布の上に、針と糸で今にも動き出しそうな花びらを描いてゆきます。



針と糸で描くこと。
まさにこの感覚でした。
初めて横振り刺繍に出会った時、「糸で絵を描くことに感動し、一目惚れしたんです」と話す恵美さん。
1週間後には、地元の横振り刺繍の会社の門戸をたたき入社。
3年かけてその技術を習得しました。

3年ではまだ技術的に未熟だったけれど、地元桐生が生んだこの素晴らしい横振り刺繍と、美しい群馬の絹糸とで、新しい何かを表現したいという情熱が彼女の独立を後押ししたのです。

最初はただただ、気に入った形の花びらを刺繍して、それを一枚一枚切り取って、机の上に並べました。



目の前に並んだ様々な形の刺繍の花びらたちに高揚する。
まるでパズルピースようである時、その花びらたちに導かれるように、組み合わせてみました。

そうして、これまで平面に施されてきた横振り刺繍が立体的な刺繍花として、恵美さんから生まれたのです。



その仕上がりは、何処の誰も、見たことも作り上げたこともないもの。糸に血が通っているかのように、生き生きとしています。
自分でその刺繍花を身につけてみたら、周りの皆から綺麗、かわいいと、褒めていただいて、と。
こうして刺繍花がアクセサリーとして、歩み始めてゆくことになるのです。

■絹糸のこと

恵美さんにとって、横振り刺繍と、もう一つ大切なもの。
それは群馬の絹糸です。



恵美さんは群馬県産の糸を、赤、青、水色、紫、濃墨、薄墨、枯、、、微細なニュアンスで染め分けて使います。
その色のグラデーションが刺繍花の立体感を生むだけでなく、作品全体に柔らかさや、シャープさを与え、時には燃え上がるような情熱だったり、冷たい寂しい印象で訴えかけます。



この大切な絹糸の色だしは、これまで施行を重ねてきた信頼のおける桐生の染色屋さんとの賜物です。
そして絹糸についていえば、恵美さんがいつも肝に据えて離さない事があります。
絹糸は、そもそも、お蚕さんが吐き出す糸を、紡いだもの。
「お蚕さんは自分のおうちを作るために糸を吐き出していて私たちはそれをもらっているんです。そのことを忘れてはいけないんです。」と。
「そして凄く考えたことがありました。
お蚕さんは蛾に育つ前に、おうちをとられ処分されてしまう。
お蚕さんたちは、空を見たいんじゃないかな、って。」

思い詰まった恵美さんは、ある時、地元の養蚕農家さんにお願いをして、お蚕さんを2つ譲っていただきました。
まだ繭に包まれたお蚕さんを孵化しやすいように環境を整え、大切に手作りの箱の中に入れて育てた恵美さん。



そしてある日、とうとうお蚕さんから成長を遂げた蛾が、

2匹同じ日に、繭に穴を開け外の世界に飛び出したのです。
蛾は部屋の中のカーテンに留まっていました。
窓に一番近い場所。
その日はとても気持ちの良い快晴で、恵美さんは生まれてきた蛾を、近くの桑の木に留めて放してあげました。
「その子たちは空を見ることができたんです!」と、恵美さん。
お蚕から蛾へ、世界中でもささやかな小さな生物の成長。

だけれども恵美さんにとっては世界一大きな事件だったのかもしれません。
一方で、穴の開いた抜け殻の繭は、お蚕さんの糞で茶色に変色し、もう他のお蚕が残した繭のように、美しい絹糸を作り出すことは、できないのです。
はたして、お蚕さんは空を見たかったのか、糸を紡いで欲しかったのか、わからない。

また深く考えてしまった恵美さんが心積もりしたこと、それは、おうちと命を分けてくれたお蚕さんへの想い。

貴重な糸を使わせていただくのだから綺麗な刺繍にしてあげることで
この糸綺麗だねって、言われる声が届いて、お蚕たちへの報いになるのではないか、と。

この話を聴いて泣きたくなったのは、私だけでしょうか?

絹糸、そしてお蚕さん。
どんな小さなことも見逃さず胸に留めて真摯に向かう恵美さんの刺繍花にはお蚕さんの吐息が感じられます。

■舞うこと。

例えば、空を見られないこと。
例えば、陽の光と月の明かりは触れ合うことができないこと。
ネガティブな想いは留まることなく、心が痛みます。
ある時代、恵美さんは、そんなネガティブな自分を見せないようにして、苦しんでいました。
自分は本心を隠してばかりで上手に舞えない。
だけれどある時、気づいたのです。
いいんだって、ネガティブな気持ちもそのまま、取り繕う必要はないと。
皆を、全員を、喜ばせることはできなくたっていい。
素直に作りたいものを作ればいいんだって。
そうして作ることで、表現することで、また素直になれる。
その土壌は、故郷にあり。
桐生はいつも私を安心させてくれて、素の自分で居させてくれるから。
また心が開いて、音が聞こえてきて、言葉となって、
テーマが生まれ、形にしたくなる。
表現が、できる。



ハッピーなテーマや、売れるものに拘らない。
自分に無いものを無理やりに作り出さない。
作り手であれば誰もが通るのかもしれない、世間やマーケットの求めるものからの呪縛。
そんなしがらみから解放されたように話す恵美さんの表情からは、emi takazawaとして十周年を向かえ、
何か、厳しい自然も、窮屈な感情も乗り越えてきたような清清しさや自然と自分を受け入れるような、度胸や寛容さを感じました。
今日もシルクの寝息を聴きながら恵美さんはミシンを踏みます。



穏やかな時間。
ちょっと体調が悪くてもミシンを踏むと、調子が良くなるんです。と笑います。

「刺繍花の高澤です。」
恵美さんは何時もこう名乗ります。
刺繍花を生み出すことが自分の生業であること。
シンプルですが、それを感じさせる信念のある言葉です。

文:土村真美 写真:土村真美