エコール・ド・キュリオジテ

− 物語のある服 −


 
その人の人生に寄り添う一着の服。
好奇心を失わない大人たちに選ばれる服を創るために、
ÉCOLE DE CURIOSITÉSは、2016 年秋、パリに誕生しました。

たとえば、ÉCOLE DE CURIOSITÉSは、イメージのリソースのひとつを19 世紀末─ 20世紀初頭のヨーロッパに求めています。
華やかなドレスにも、 労働服にも、服としての正しさ、ひたむきさがあった時代。
それらがもつ普遍性を、現代的にトランスフォームし、ÉCOLE DE CURIOSITÉSならではのユニークなものに仕上げていく
ていねいなものづくりを通して創られたピースが「この一着」として選ばれ、その人の大切な ワードローブとなることを目指します。

ブランドのテーマは「モードとアートと文学の融合」。
コレクションごとに、アートをテーマとした掌編小説が創作され、物語の世界が服に置き換えられていきます。
掌編小説の主人公が、そのまま、 コレクションの主人公となるのです。
モードとアートと文学の幸福な出会いが、普遍的なクリエイションを触発する。
この珍しい試みは、ÉCOLE DE CURIOSITÉSのデザインをよりユニークなものへと昇華しています。
 
 
 
 


− Story −



あのよろい戸をきしませて、思い切って開け放ってごらん。そして、バルコンへ出てごらんなさい。

そこから何が見えるかしら。空の色はどんなふうなの? 風が吹いているのでしょう。プラタナスの街路樹が青々と萌え繁り、風に枝葉を揺らす音が聞こえてくる。

表通りには人が溢れ、喜びに顔を輝かせて、凱旋門へ、バスティーユ広場へと出かけていく。腕を組み、笑い合 い、歌い、躍り、明るい夏のいちにちが始まるのでしょう。



あの夏の日――私もまた、バルコンに佇んで、祝祭に湧く街を眺めていた。この日のために仕立てた、岸辺に寄 せるさざ波のような白いドレスに身を包み、扇を片手に、華やぐ人々を遠くみつめていた。

あの頃の私は、まるでかごの中の小鳥。すぐにでも飛び立ちたい、けれど許されなかった。

この気持ちをどうやってごまかしたらいいの? 私はもがき、羽根をばたつかせて、檻に体をぶつけ、血を流した。それでも、どうしても飛びたかった。私に必要なのは、囲いのない空だけだった。



初めて絵筆を握ったのは、16 歳のとき。あのときの胸の震えを、いまもはっきりと覚えている。絵にのめり込めばのめり込むほど、周囲の声が大きくなった。おやめなさい、そんなこと。早く結婚して子供を産むのがいちばん よ、それが女の幸せというもの――全部、雑音。聞きたくなかった。私にはこれだけ、絵を描くことさえできれば それでいい。そんな心の声を聞いてくれたのが、あの人だった。



ルーヴル美術館の一室で、ルーベンスの絵を模写しているときのこと。私のスケッチブックをのぞき込んで、誰 かが囁いた。――うつくしい。振り向くと、黒々としたあご髭をたくわえたあの人のまなざしが、すぐそこにあっ た。深い淵のような瞳が、じっと私をみつめていた。あの人は、もう一度囁いた。うつくしい。――あなたの線描 も。あなた自身も。



私のためにポーズをとってくれませんか、と申し込まれたとき、いいえ、と答えたの。だって、私は画家で、モ デルじゃないから。ポーズをとるなんて、自尊心が邪魔をして、きっとできっこない。するとあの人はすかさず言 った。ほんものの画家を目指しているのなら、モデルを務めるべきです。あちらからこちらを見てこそ、絵は生き てくるはずです。そして、身を持って知るべきだ。カンヴァスに永遠に閉じ込められる恍惚を。

憎らしかった。けれど、真理だった。私はあの人のためにポーズをとった。自宅のソファで、彼のアトリエで、 バルコンで。ええ、一度だってドレスは脱がなかったわ。ただし、一度だけ、キスをした。あなたにだけ、打ち明 けておきましょう。友だちのキスだったけど。――残念ながら。



あの頃、みんな若かった。芸術とは何か、美とは? 新しい時代の波に乗るのだ、芸術に革命を! 夜な夜なカフェで激論を闘わせ、誰かのアトリエで評論し合い、緑色のアブサントを飲み交わし、テーブルに頬杖をついて眠 った。お金を出し合い、会場を借りて、自分たちで展覧会を開いた。大勢の人がやって来て、私たちの絵を指差し て笑い転げ、子供の絵だ、落書きだと酷評した。意地の悪い評論家はこう言っていたわ。画家が自分の印象だけで 絵を描くなんて、世も末だ。あいつらは印象派とでも呼べばいい!

あの人は、初めは私たちの中心に座って、その後は少し離れたところから私たちの様子を見守っていた。君たち の時代がまもなくくる。あと少しだ――とのつぶやきを、私は決して聞き逃さなかった。



私、ずっと待っていたの。ひょっとして、かごの戸を開けて私を空へ放ってくれるのは、あの人じゃないのかし らって。訊いてみたりもした。私を自由にしてみたくはなくって? と。そうしたら、なぜだい? と彼は笑って返した。だって君は、もうとっくに自由じゃないか。画家を目指したその日から、君は自由になったんだよ。



結局、私は、あの人の弟と結ばれて、あなたが生まれた。たったひとりの私の娘。私の人生にもたらされた、絵 を描くこと以外のもうひとつの宝物。

あの人も、あなたのお父さまも、永遠に旅立ってしまった。

だから、私も――そろそろ、私も、旅じたくを始めようと思うの。この世界に、宝物を遺して。



さあ、よろい戸を開けて、バルコンへ出てごらんなさい。

空の青さを教えて。風が吹いているのでしょう。――いま、あなたのために、自由の風が。