出会い、つながり・・・楽しまなくっちゃ!


jack gomme | ジャックゴム
Sophie RENIER(ソフィ・レニエ)&Paul DROULERS(ポール・ドレース)





ポール デビュー当時から今までを振り返ると、あまり活動的に進化を遂げてきた気がしない…自分自身大きな変化を遂げるかもと思っていたんだけど…ただ常に自分には忠実だったとは思います。

ソフィ ちゃんとあなたも進化してきたわよ。人はみんな、幼い時に自分の頭にインプットされたものを、大人になってからも適応しながらより自分を改善しようと、日々努力を続けるんだと思うわ。私にとって、出発点には常にクリエイション、モノづくりがあって、その次にLiberté=自由があります。だから自分の会社を立ち上げたんですが、自由はとても重要。とにかくクリエイションするっていうことが、常に自分を動かすモチベーション、原動力であったことは確かですね。

ポール 私はバッグ作りからスタートしたけど、もしかしたら他にもいろいろなことができるんじゃないかと思っていました。バッグ作りに喜びを感じないわけではないけれど、バッグは自分の中でベクトルの一つであって、もっと多様な人生を夢見ていたかもしれません。建築家であったり、レストランを立ち上げたり、ホテルをオープンしたり…。もっと多様なことを一度にやり遂げられなかった自分の人生に、大きなフラストレーションを感じていたような気もします。

ソフィ でもあなたは家具や什器まで作ったりしているじゃない。ポールはバッグにしろ何にしろ、ボリュームにとっても強いんですよ。それにクリエイションも、冒険もいろいろしてきたじゃない!?

ポール 私は長く待つ忍耐力がないんですよ。辛抱強くない、気が短い男なんだよね。マヨネーズをつくるのと同じで、撹拌している間に一気に出来上がらないと気が済まない。その上、人に任せれない性格だから、その欠点のせいでJACK GOMMEではなんでもかんでも全部自分で作ってきた。一般的に「できる人間」は、各分野のエキスパートにちゃんと任せているでしょう?それができないから全部自分でやって、どの分野でも自分の能力の限界にぶつかるわけですよ…。でも、結局私達は今ここにいますよね。消えていない!そして同年代のクリエイターとともにみんな同じ時代を生きてきたなあ!

ソフィ モード界の公害とも言われる現象で、あちこちファストファッションが進出している一方で、手作業でモノ作りを続けるのは1点ものを作るのと同様に難しくなっているかもしれません。特に今、この分野で若いクリエイターがスタートするのはとても難しいですよね。

ポール 私の中で繰り返し現れる主題は、いつも「Beau pas cher (美しくお手頃な価格)」で、自分のレベルで可能な限りの「Beau(美しいこと)」を、できるだけ多くの人の手に届けたいという思いが常にありました。今思うと進むべき道自体はそんなに外れず間違っていなかったかもしれません。いつも一般の庶民のための民主的なプロダクトしか頭になかったですから。バッグで自分がしてきたことを、食、レストラン、ホテルなど他の分野でも同じようにできると思っていましたが、結果としてそうではなく進んできた。でも、まだまだ新しい何か、やることは飽きることなくたくさんあると思います。

ソフィ 新たなコレクションの制作やクライアントとの出会いのような喜びは、今も全く変わらずありますね。そして、私達はこのクリエイションに携わるすべてのレベルにおいて、挑戦することがまた好きなんですよ。新しいメーカーに出会うのもその一つ…。つい最近だと、ミノルカ島(スペインのバレアレス諸島の一つ)で新しくサンダルを作りましたが、それがすごく嬉しくて…。そのアトリエでは6人の男友達が結束して経営にあたり、2か月そこそこで新しいモデルが上がってくるので、私達はもうワクワクうきうきしてしまうんですよ。エコノミー(経済)にはお金だけじゃなく「人とのつながり」も存在すると思います。お金は「血液」と同じようなものって言いますよね。

ポール 血は流れて循環するものだから、流れなくてはいけない。止まったらおしまいだ。



仲間とのPARTAGE(分かち合い)


ソフィ エコノミーには人とコンタクトがあり繋がる側面も持ちます。たとえば新しいメーカーと出会い、オーダーを入れるとお金が支払われ、そのメーカーが生きて行くことができるでしょう?時々考えて少し誇らしくなるのは、JACKGOMMEには何気に15人の社員がいます。それはよく考えると、15のファミリーと繋がり、社会的に役割を演じ、参加していることになりますよね。会社としてもちろん小さいけれど、それなりになかなかじゃないか、なんて思えて…。仕事上で、物事がうまくマッチすると、素敵なストーリーも生まれます。イタリアに、とある倒産寸前のメーカーがいて、私達は素材をそこから購入し、シーズン中に全て前払いしました。私達だけのおかげではないけれど、そのメーカーは倒産を逃れて、今ではすっかり立て直し、ビッグメゾンのプロダクトも生産しています。2、3年後に再会したら、「ヘイ、ポール、ソフィ、おかげで救われたよ。グラッツェ・ミッレ!(本当にありがとう)」と言われて。ヘルプできて良かったなあと思いました。そこにはやはりヒューマンな関係が存在していました。

ポール 私達とH.P.FRANCEとの関係も同様で、オーダーが入り、イベントのため来日し、クライアントに直接出会う…。JACK GOMMEとメーカー、H.P.FRANCEとクリエイター、その出会いや繋がりも皆同じ種類の喜びです。

ソフィ そのイタリアメーカーは、ビッグメゾンとのアポイントの合間に私達にも会いに来ますが、私達と一緒に仕事することをとても喜んでくれて。ビッグメゾンより私達の方が、リアクションが早くて良いんですって。

ポール ほらね、結局私達は情動の中でしか機能していない。ずっとそういう動き方をしてきたんだから。 私達は皆同じ波長で繋がっている…。持っている基本的な価値観は、出会って来た皆ととても近い気がします。私自身のクリエイションを正当化するものは、結局のところ他者(クリエイションを購入する人)の喜びです。もし、自分がしていることに対して誰も応えてくれる人がいなかったら、もう生きている意味がないですよ(苦笑) 私の唯一の喜びが何かと言えば、どこかの誰かに私が少しの幸せをもたらしていると分かった時。やっぱり最終的には、幸せって分かち合うことなんじゃないかな。自分が与えることと受け取ることとの間に、ある種のバランスが成立する時って本当に素晴らしいと思います。

ソフィ 人は「今」しか生きれないから、いつもその時間を生きながら「今」に至っている気がします。

ポール 歳を重ね、私達はもう野望やエゴといったものについてだいぶ大人しくなる世代(笑)…振り返ると、色々な物事が最終的には一つにうまく結びついて繋がってきたのかなあ。

ソフィ いろいろ紆余曲折を経たものの、一つ一つの物事が引き続いてきて…。でも結局のところ、首尾一貫した道のりを歩んできた気もします。

ポール 80年代はクレイジーだったなあ。1985年にイエール(南仏)のモードフェスティバル(若手クリエイターの登竜門的なファッションフェスティバル)の初回で、ファッションショーに参加しないかという話が来ましたが、洋服にアクセサリーとしてバッグを参加させるのではなく、バッグ自体を主役にしてショーをしたんですよ。私達のドレス-バッグ(服として着れるようなジャイアントサイズのバッグでユーモア賞を受賞しプレスで話題になった)を着たモデル達は、ローラースケートで登場して…。プレタポルテのショーから主役を奪っちゃいましたね(笑) 本当に当時も楽しんで仕事をしていたなあ…。

ソフィ 最近ではミノルカ島で新しいコレクションのキャンペーン用の写真撮影も行いましたが、朝5時から撮影をして、すごく良い写真が撮れました。8時には一旦終えて、そのあとスタッフみんなで海に飛び込み、午後にまた仕事再開。夕飯後はみんな夜中の2時まで踊って…久しぶりに私も踊りまくったパーティーでした。そこには仲間との「パルタージュPartage(分かち合い)」があり、本当に楽しかったんです。いくつになっても楽しむのは大切だなと思いましたね。

ポール 私達は人生でいつも、仕事も含めて楽しみながらやってこれたと思います。今まで手掛けてきたことは本当に楽しめたし、今後もそうありたいですね。今自分がしていることを楽しめなくなったらやめてしまうだろうなあ。だから自分がすることも、人生も楽しんでください、と伝えたいですね。

(聞き手:花岡香織)


ジャック・ゴム
モダン、アクティブ、スポーティ、そしてコンテンポラリーな独自のスタイルを作り上げる。1985年、フランス人デザイナーのポール・ドレースとソフィ・レニエの二人が南仏のニースでブランドを設立した。「アート」「建築」「友人」「日常生活」からインスピレーションを受け、現在に至るまで制作を続けている。

代表取扱店舗:記憶H.P.FRANCEH.P.FRANCE Boutique