A Humane Life


ハンナ・フシハラ・アーロン




子供のころから私の人生の中にある一つのテーマは「人道的でないといけない」という考えです。ティーンエイジャーになってから、大人になるまでに最も強く感じてきたことです。Humane(人道的)っていろんな意味が含まれている。思いやり、傷つけたりしないこと、公正であること、など。私達は、日常的な行動や決断を人道的であるかどうかについて慎重に考える必要がたぶんないけど、そこが私達みんなが重視するべきだし、もっと頑張れることだと思う。
私のお父さんの思い出が一つあります。幼稚園の通知表に先生が書いたコメント「ハンナは深い公平感を持っていて、クラスメイトに同等の気配りを払おうと尽くしています。遊びの中で誰かが仲間に含まれていなかったら、その子のために提唱したりします」。パパはこのコメントをとても誇りに思っていたと、私に何度も言ってくれました。子供でも何が正しいのか、何が間違っているのか、胸の中の判断はもうできるはず。ただ周りの人、社会はその気持ちをつぶした方が良いとされている。自己保存、社会エチケット、社会秩序など色々な理由で。
 
 

ノーと言うのはOKです!


16歳の時、夏のアートスクールに行きました。そこでの私のルームメイトはベジタリアンだった。そのような選択があることさえ知りませんでした!Tofurkeyのような偽肉があったこと、そして生きるために動物を食べる必要がなかったことに驚きました。動物を食べることが意識的な選択であることに私は気づいていませんでした。それはおそらく私の人生全体の中で最も深い衝撃でした。当然と思っていること・物は、問い質すべきなのだ。そして必要であれば自分自身の行動を変えないといけないということ。
大人になって初めての犬を飼ったときドッグトレーニングに連れて行きました。残念ながら、多くの人、本、その他のメディアからのアドバイスは犬を脅かす方法でトレーニングする、訓練用首輪を使って痛める、叫ぶ、地面に投げ捨てる、一人のトレーナーは椅子を犬に向けて投げあてるといいと言いました。最初のドッグトレーニングクラスも覚えています。クラスの先生に、最近散歩中、犬がほかの犬に吠え始めたと打ち明けました。彼女は私の犬の首の周りにプロングカラーをつけて「吠えたり、引っ張ったりしたら、強く、素早くリードを引っ張る」と指示をした。散歩の練習中、指示されたようにリードを引っ張ったら、犬が空中ジャンプしながら大きな叫び声で「痛い!」とてもひどかった。私はすぐに立ち止まってプロングカラーをとり、トレーナーに返しました。私の犬にごめんなさいと言って、二度とそんなことをしないと誓いました。それ以来、私は正しいコミュニケーションと報酬ベースのトレーニングの勉強をしてきました。他とコミュニケーションをとることだって人道的な道をとれる。
人道的であることは、私達が自分自身のためにどのような選択をするかについてもです。自分が同意しなかったことをするために自分を犠牲にしたと感じたことが何回あるでしょう。またはとても疲れているのに、ノーと言えなかったことが散々あるでしょう。表面的にはこういう選択は人道的に見えるかもしれないが、自分自身を人道的に扱う必要があります。短期的なゴールではなく、長期的な目標を考えた方が人道的だと思います。ノーと言うのはOKです!繰り返します、ノーと言うのはOKです。相手に自分の理由、思いを伝えれば相手はあなたの真実をみとめてくれるでしょう。
簡単ではありませんし、正直不便です。しかし、人道的な選択と行動は本当に私達を幸せにすることができると思っています。幸せは毎日の中の一つ一つの小さな選択を重ねて作れると思います。

ハンナ・フシハラ・アーロン
コンテンツクリエイター、キュレーター、ドッグトレーナー