あなたには伝えたいことがありますか?

パリを愛する小説家、原田マハ
「アッシュ・ペー・フランスという現象」をつくる、村松孝尚





原田マハ
1962年生まれ。作家、インディペンデント・キュレーター。2007年にデビュー作『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞して小説家デビュー

村松孝尚
アッシュ・ぺー・フランス株式会社 代表取締役社長


村松孝尚(以下 孝尚): マハさんの小説のファンが私の周りに非常に多く、これはたまたまではないな、と。何かアッシュ・ペー・フランスのコミュニティーと共通している部分があるのではないか?と感じています。実際私も初めてお会いしたとき、同じ「惑星」の人ではないかと直感的に感じましたし。

原田マハ(以下 マハ): 「惑星」という表現がいいですね(笑)

孝尚: そう「惑星」です。そして同じ惑星の中でも、かなり近い存在で、同じレストランに招待されている人なのかもしれない。テーブルは違えども食べている料理は一緒、のような。なので今回は、その直感を紐解くお話になればよいと思っています。

マハ: そうですね。常々、私の読者の方々は意識の高い方が多いと感じています。アートが好きな方、小説が好きな方など多方面の入り口から増殖するような形でコミュニティーが形成される。小説を通して生まれる広がり、そしてこの増殖の過程の中にアッシュ・ペー・フランスのコミュニティーがリンクしているなら、すごく嬉しい。

孝尚: そう、魂のレベルで繋がりを感じます。

アートの持つ普遍性

マハ: 私が小説を書く上で大事にしているものは、一つはアート、もう一つは人としてどう生きるかの「生き方」です。ここには普遍的なものに関する憧れも関わっています。時が経っても変わらない普遍的なものと寄り添っていたい。つまりこの普遍性がアートにはあるのではないかと感じています。これを実現する手段として「小説家としての私」があるのです。アッシュ・ペー・フランスには、その「アートやクリエイションを育む姿勢」があり、理念を感じます。そして私はそこに共感しています。

孝尚: 私もまさに「人が生きるということ」を考え続けています。そして、これを会社の理念ともしています。創造的であり、グローバル(境界が無い)である、ということを包括しながら、その真理を追究し続けています。

マハ: まさに「普遍」の真理ですね。

孝尚: この「普遍」を追いかけるのが今の時代の流れ、いや、潮流なのではないでしょうか。

マハ: その企業理念にたどり着いたきっかけは?

孝尚: 35年前、会社が創立したタイミングでこの言葉自体が浮かんでいた訳ではありません。ただ、卵はあったかもしれない。私は20代の頃カルチャー誌の編集の現場に身を置いていました。この媒体はアメリカンカルチャーにフォーカスしたもので、特に1970年代当時のヒッピーカルチャーを追うものでした。そこで見た彼らの生活を当時の私は本当の意味で理解はしていなかった。しかし、この体験の中でその後に繋がる多くのヒントを得ました。無農薬栽培での自給自足の生活や、今で言うLGBTのコミュニティーは当時マイノリティとされていました。ただ、現在はある種の潮流として受け入れられています。何かの潮流が生まれる時代だったのかもしれません。

マハ: 1970年代のサンフランシスコにはそういう空気がありましたね。

孝尚: 大学時代に記憶をさかのぼると、友人の影響で本を貪る日々を過ごしました。文学、哲学書、詩など、とにかく読んだ。そして友人と夜な夜な語り明かす。ギリシア哲学から現代哲学まで、彼には本当に教わりました。そして高校時代は学生運動にも興味を持ち、更に記憶を遡ること中学時代のある日、こっそり開けた父親の引き出しで、とある哲学書に遭遇しました。そのとき初めて「哲学」という言葉、概念に出会いました。それがここにたどり着く為の「種」を手にした瞬間だったように思います。

マハ: たまたまそこに哲学書・・・、作戦だとしたらお父様はすごいですね(笑)

孝尚: よろしければ、マハさんの原点も教えていただけますか?

マハ: うーん・・・私もやはり父親ですね。幼いころ、セールスマンだった父は「世界美術全集」のサンプルを持って訪問販売をしていました。そのため、家には常に美術全集があった。そしてそれを眺めることが幼い頃の私の楽しみでした。また父は、子供が興味を持つものに非常に寛容で、私が興味を抱いた「本」「映画」「アート」に関するものは好きなだけ与えてくれました。特別に裕福な環境では無かったけれど、例えば、本とか、複製画とか、映画、音楽(レコード)、興味がわくままに支援してもらいました。
人生で大切なことは全て父から教わりましたね。まさに人生の道しるべ。父が2年前に90歳で亡くなった時は「これから父の居ない人生をどう生きよう・・・」と考えたほど。そのほかにも、旅、ファッションも父の影響です。その中で選び取ったのが、アートと物語です。

孝尚: 何をアートに感じたのでしょう。

マハ: 歳や経験を重ねたとき、アートの持つ普遍性に憧れを抱くようになりました。どんなに時を経ても人間にとって必要なもの。災害や戦争、個人的な苦しみなど・・・どんな状況にあっても、アートは変わらない、物語は変わらない。この普遍性がクリエイションの持つ素晴らしさ。それに憧れてここまで来ました。

孝尚: アートの持つ「普遍性」、わかる気がします。
マハ: パリという街に話を転じてみると、普遍性という意味でアートとの共通点を感じます。パリの紋章に刻まれた、「たゆたえども沈まず(ラテン語)」はご存知ですか?セーヌ河を中心に栄えたパリですが、セーヌは非常に氾濫が多く、中洲に浮かぶシテ島は当時度々水を被ったし、周辺地域に様々な災害がもたらされました。しかし、セーヌあってこそのパリだと信じる船乗りたちは、「パリはたゆたえども沈まず」という言葉を船の舳先に掲げ、毅然と水が引く時を待ったのです。この思いは未だ大切に守られ、パリがパリらしくあり続けること、不屈の存在であることを信じて疑わない民意に通じています。最近はテロの脅威に晒されたパリですが、市民はこれまでどおりの日常を送ることで、毅然と立ち向かっています。それはまさに「たゆたえども沈まず」の精神そのものだと感じます。

孝尚: 話を幼少期に戻しますが、当時絵画を鑑賞する際にキャプションは読みましたか?

マハ: うーん、ほとんど見ていなかったかなぁ。どの画家の展覧会に行くという動機付け以外は、あまり意識はしてなかったと思います。すごく素直な視点、非常にピュアでシンプルに鑑賞していました。

孝尚: 今のお話は何歳ぐらいのこと?

『たゆたえども沈まず』幻冬舎(2017年)

マハ: 小学校1年生くらいからの記憶はあります。もっとも印象深い記憶の一つに、10歳のときに訪れた岡山の大原美術館での出来事があります。そこで目にしたのは、みたこともない下手な絵でした。「なんて下手な絵なんだろう」と子供ながらに衝撃的で、タイトルを見た瞬間の記憶がはっきりとあります。そこには―パブロ・ピカソ「鳥かご」―と。それがピカソとの出会いです。その後、私の人生においてピカソは特別な存在です。人生を共に歩く同士であり師でもある。切っても切り離すことの出来ない存在となりました。今思い返すと、下手だなと感じた絵はなぜだか鮮烈に残ってます(笑)。

孝尚: 10歳の少女の目に映り心に感じたもの、興味深いです。

マハ: そうですね。本当に純真な心に飛び込んでくるものは計りしれません。だからこそ、幼少期に美術に触れる体験は大切だと思います。日本の美術館では幼い子供を同伴することがタブーとされている空気がありますが、海外では両親が0歳児にピカソを見せたりして。現に家族連れでアートを楽しんでいる姿を美術館で何度も見かけました。このような体験の機会を幼少期にこそ増やして欲しい。

孝尚: なるほど・・・いったい子供の目にはどう見えているんでしょう。
マハ: 「どう見えているか」で思い出しました。オランジェリー美術館は訪れたことがありますか?そこの睡蓮の部屋が本当にすばらしいんです。気分転換に最高の場所。これは最新のデジタル技術を使っても、決して真似できないスペクタクルな空間です。晩年白内障を患ったモネが見ている、感じている状況を再現させるべく取り組んだ展示空間なのです。(楕円に360度見渡すように大きな8ピースの睡蓮の池を配置)まさにモネが「どう見えているか」に拘った作品なのです。晩年、ほとんど見えない状況、つまり現実と空想の狭間の中で8年の歳月をかけて描いた大作。生前、友人で元首相クレマンソーがモネとの約束を果たすために作られたのがオランジェリー美術館なのです。
この場所に立ち、訪れる人々を眺めていると、入った瞬間に顔がぱっと輝くんです。これこそがアートの持つ力。モネが生み出した空間の中で、アートが放つ幸せのオーラに癒される。これがモネの「惑星」ですね(笑)。

※『ジヴェルニーの食卓』集英社(2013年)

「小説は現実の世界と地続きなんだ」

孝尚: 我々の原風景を語り合ったところで、「惑星」について話しをしましょうか。

マハ: 村松さんの惑星はどう分析しますか?

孝尚: アッシュ・ペー・フランスは「会社」というより、「現象」だといわれたことがあります。これは、言いえて妙だと(笑)アッシュ・ペー・フランス、そしてそれを取り囲むコミュニティー自体が「現象」であり、惑星を構成しています。

マハ: 英語で最上級のほめ言葉の一つに「It’s a phenomenon」と言う言い回しがあります。このPhenomenon(フェノメノン)を直訳すると「現象」です。私はこの言葉が大好きです。H.P.FRANCE is a phenomenon!二つの意味を込めてこの言葉を贈ります。

孝尚: ありがとうございます。

マハ: 私は小説を書く際に意識をしていることがあります。「私の小説が読者にとって良き入り口であり、良き出口であること」です。アートは少し敷居が高いと感じてしまう方のために、小説という方法を使ってまず入り口を作ります。フィクションの世界で楽しんだ後に、本を閉じて次は現実の世界で作中に登場した実在するアート作品や場所を探し、体験して欲しいのです。小説の世界に入ったままではダメなんです。私は作家としては珍しく、参考文献を巻末に沢山掲載するようにしています。これは、実際の人や事柄、作品を知って「この小説は現実の世界と地続きなんだ」という事を実感して、興味をもったことがらを読者に自分で調べて欲しいからです。これが、フィクションとノンフィクションを混在さて小説を描く理由です。そこに「普遍性」を実感して欲しいのです。



愛されるクリエイション、本物のクリエイション

マハ: 村松さんにとっての普遍性とは何ですか?そして、クリエイターに関わり続ける理由は何なんでしょうか?

孝尚: 「普遍性」とは、バイヤー、フランソワーズ・セーグルから教えられたこと全て、です。彼女は生涯を通して私に「クリエイターを大事にしなさい」と言い続けました。彼女から紹介されたステファノ・ポレッティの作品は当時の概念からすると衝撃でした。小さな小瓶に水を入れ、小さな小枝を挿したもの、これが指輪になっていた。まさにこれは私の既成概念を超え、その瞬間に作品に魅了され、クリエイションを扱うこととは?を自問した瞬間でもあります。
また別のバイヤー、ドミニク・ロンドとの逸話です。彼女のセレクトする店舗にご来店頂いたお客様の要望に沿い、展開している以外の色をリクエストしたところ、だったらその色がある別のお店に行って頂きなさい、と返された。ドミニクいわく、私のお店は私の感性の表現の場であって、お客様の要求に従って物を集めるお店ではない、と。この出来事もまた私に与えた衝撃は大きいものでした。私たちの扱っているものは、物でも商品でもなく「クリエイション」なんだ、と。しかしそんな風に振り返ってみると、「人」との出会いが全ての原点ですね。

マハ: 私たちが同じ惑星だと感じる理由がそこにありそうですね。私は、幼少期は絵描きに憧れ、キュレーターになってからは具体的にアートやクリエイターを支援・サポートし、そして作家になって今も変わらず何らかの形でアートやクリエイティブに携わる人と現場を供にしたい、常にそういう思いを持ち続けています。正直、クリエイティビティとビジネスが直結しない場面は多々あります。しかし、世の中捨てたもんじゃない!と思う場面も沢山見てきました。その中で感じたことは、「愛されるクリエイション」「本物のクリエイション」は喧伝しなくても静かに浸透し、いつか必ず伝わる、見出されるものである、という事です。これは真のクリエイティビティを秘めたものが持ち得る力です。名作=「売れるもの」ではないけれど、どこかで見出される場面がきっとある。また別のクリエイションが関わることで、新しいクリエイションの可能性が生まれることも。その可能性の場を作ったり、何かの芽を発掘しているのがアッシュ・ペー・フランスなのではないでしょうか。クリエイターに対して何らかの機会を与えること、これが大事なんです。これに対峙し続けている村松社長に、同じ惑星人として近いものを感じます。

傑作の定義

孝尚: 今日のお話を通して、ぶれることの無いマハさんの信念を感じました。

マハ: そう、「ぶれない」って大切ですよね。ある仕事をきっかけに「傑作」の定義を考えてみたことがあるんです。そこで導きだされた答えが「破綻してない」「BRUT(生)であること」そして、「けしてぶれないこと」です。この3つを導き出すために大きなヒントを得たある体験を少しお話します。
2年前のある日、狩野永徳の洛中洛外図を見に山形まで出向きました。そして、その絵を目の当たりにした私は「すごい!」以外に表現方法が見つからない、という経験をしました。奇しくもその数日後、NYのメトロポリタン美術館で開催されていた川久保玲さんの特別展へ足を運びました。そしてここでも「すごい!」以外の言葉を見出すことが出来なかったのです。たまたま続いたこのふたつの体験に、これは偶然なのか、それとも共通点があるのか?としばらく自問し、導きだした答えは、両者ともに「傑作の定義」を満たしていることだったのです。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ギリシアの古代彫刻、イヴ・サン=ローラン然り、どんな分野であろうが、共通してこの3つの要素を含んでいると信じます。そして私自身も作家である以上、生涯をかけて傑作の創出に挑んでいきたいと思っています。

孝尚: なるほど。しかし、狩野永徳とコムデ・ギャルソンの共通点に目を向けるとは、壮大ですね。

マハ: では、クリエイターの定義を紐解くと・・・ある小説家志望の青年に「どうすれば小説家になれますか?」と質問されたことがありました。そのとき私は彼にこう返しました。「あなたには伝えたいことはありますか?」と、そして「もしもあなたに伝えたいことがあれば、きっと小説家になれます」と。それがまさにクリエイター、生み出す人の定義だと思います。クリエイターとは、「伝えたいことがある人」なのです。伝えたいことがある限り私は小説を書き続けます。
村松さんは、ご自身がメディア=「伝える人」で、分からないことも含めて伝えたいことが強烈にある方。それが熱波のように周りを巻き込み、伝播していく。これがアッシュ・ペー・フランスを取り巻く現象、そう「惑星」を作っているのではないでしょうか。

孝尚: そうですね、「伝えたいこと」を自問しながら、アッシュ・ペー・フランスという現象を作り続けて行こうと思います。

(文章: H.P.FRANCE PR 江間亮子)