「 minä perhonen ミナペルホネン 皆川明さん のおはなし会 」

丁寧につくり進めたテキスタイルデザインが魅力のminä perhonenは、2020年25周年を迎えられます。
minä perhonenと長年親交のあるLamp harajukuディレクターの矢野悦子が聞き手となり、デザイナーである皆川さんにおはなしを伺いました。



矢野悦子(Y)本日は天候があまり良くない中、皆様お越しいただきありがとうございます。
2020年25周年を迎えるminä perhonenの皆川さんと改めて、私が出逢った頃のことや昔話しを交えながらこれまでやこれからのことなど
お聞きできたらと思っています。よろしくお願いします。


皆川明(M)Lamp harajukuも今年で19年でしたよね?


Y はい、早いものでそうなんです。出逢ったのはこのお店より前の渋谷パルコにあるお店でしたね、
お互い共通の友人のショーのお手伝いをしていて。


M YAB-YUMというパトリックライアンと吉田真実さんがやっているブランドで、ファッションショーの搬入のお手伝いをしていました。


Y トラックの運転されてましたよね?


M そう、2トントラックを借りて搬入をお手伝いしていました。


Y そのショーの打ち上げでminä perhonen (当時minä )のデザイナーの皆川さんがいることを知って、
私は雑誌Oliveに「hoshi*hana」のワンピースをみて素敵なお洋服だなと思っていたため、お酒の勢いも借りながらお声かけさせてもらいました。


M 僕、その時鰹をさばいた記憶があります。


Y その頃まだ八王子の魚河岸で働いていた頃ですよね。
私、今思うと不思議なのですがこの日に出逢ってすぐminä perhonenをお取扱いさせてほしいとお願いし、
お取引させていただくことになったんですが、面識のない私の話を受けてくださったのはどうしてですか?


M まだお取引をさせてもらっているお店は限られていて、多分2、3件だったと思うんですけど、
パトリックの家で出逢ってパトリックの友人ということももちろんあったと思うし、そんなことを言ってくれるのはとてもありがたくて。
僕ら95年からはじめてこの出逢いは96年で、本当に始まったばかりの頃ですごく嬉しかったですし、断る理由が見つかるわけがないというか、驚きでした。


Y 展示会もまだされてない頃でしたね。
洋服の納品は渋谷パルコまで皆川さんが手持ちで持ってきてくださって、納品書も皆川さんの手書きでした。


M この頃セレクトショップというのも少なく、あったとしても海外ブランドを揃えていて、国内ブランドを取り扱っているところはほぼありませんでした。
ただ同時に僕たちのような個人で始めるところ、どこかのブランドの新しいブランドとして若いデザイナーを起用するとかではなくて、
自分たちでブランドを始める人達が出始めた頃でした。
YAB-YUMはその先駆者のようなブランドでファッションショーもやったりして。


Y そうでしたね、初めて展示会を行ったのは恵比寿のP-house?


M その前に青山のラスチカスという場所で YAB-YUM と一緒に。まだラスチカスありますか?


Y いえ、閉店してしまいました。古びたビルにレストランとか美容室とか入っていて、
とても雰囲気のある素敵な場所でしたが、、、。


M そこの貸しギャラリーで展示会したのが初めてで、恵比寿のP-houseは初めて単独で展示会を行った場所です。
2部屋あったのですが、飾るものが足りないぐらい、型数が少なかったです。


Y 私、すごく覚えています。裏毛起毛のスウェット、ミナyellowとグレーの2色、確かフロッキープリントでうさぎが飛んでました!


M 始めた頃は八王子という東京の織物の産地にアトリエを持って、近くの繊維工場でお手伝いしながらつくらせてもらっていたので
そこでつくった布だけだったのですが、その後近所のカットソー屋さんにお願いしてつくってもらって。
最初は自転車で通えるところでつくってもらっていました。


Y ニットをつくるようになったのは阿佐ヶ谷に移ってからですか?


M そうです、阿佐ヶ谷に移ってからです。


Y 皆川さんのアトリエの場所選びは独特ですよね、他のデザイナーさんは大概、千駄ヶ谷とか代々木上原とか中目黒とかなのに
八王子、阿佐ヶ谷、白金台とか。お店も松本や金沢などですし。


M 八王子はやっぱり工場がたくさんあったので、ものがつくれる環境が欲しいなと思ったのと同時に千駄ヶ谷のマンションは高くて借りれないし、
自転車で通える場所だったら色々教わったり、つくったりができるかなと思って。
阿佐ヶ谷は偶然で、友人のご両親が持っているビルの1室をご好意で貸してもらえることになり、広くなるしいいかな?と思って引っ越しました。
白金台はいよいよお店をやってみたいと思ったんですけど、路面店の1Fは高くてなかなか借りれない、
アトリエと兼用でないと最初難しいなと思っていたので、それで3Fに。
近くには庭園美術館もあって静かで良いところだなと思ったんですよね。

お店を出す場所も、もともとここにたくさんのお客様がいらっしゃるからとかはあまり関係なくて。
東京の次に京都にお店を出したことがきっかけで、いらしていただいた時に周りにも楽しいところがあるのが良いなと思っていました。
訪れた人がその日1日楽しんでいただける場所、景色が良いとか。
ものを探す、買う以外に、うちの店だけでなく、良い時間になるだろうと思って選びました。
大きな都市も素敵なところはたくさんあると思いますが、地域性、その街らしさがあることがminä perhonenの基準になっていますね、松本や金沢も。


Y この数年、地域性やコミュニティを大事に思い、ライフスタイルとして提案していくことが増えていますが
minä perhonenはお店を出した当初からこのような考えですよね。


M 白金台も東京の中ではまあまあ不便な場所ですが、わざわざ足を運んでいただくことになっても、
そこでゆっくり過ごしていただくということがお店の在り方としてはお客様と向き合えるかなと思って、自分たちの方法としては良いのかなと思いました。


Y 矢印→をよく使われていますが、例えば2019aw→この矢印はどういったことを意味するのでしょうか?


M 多くは例えば「19SSコレクション」と書いてあったり、何年のいつのシーズンのコレクションってやっていたわけですよね、
そうすると次のシーズンになると前のコレクションは古いってことになってしまうから、「2019SSから」という意味で→を最初からつけていました。
発表した以降も皆さんが長く着てもらえると嬉しいなという意味の矢印です。


Y また、テキスタイルに名前がついていますが、つけることになったきっかけを教えてください。


M お客様と電話で話しているときに番号でお話しするよりも生地の名前で話した方が和らぐねというのが最初でした。
電話だけではなく、着ているときも「hoshi*hana」であったり花の名前になっていたりした方が、
自分の洋服がもうちょっと生命力を持つというか、性格を持っている感じになるだろうなと。
自分たちが仕事をしているときも「あそこの何番とって」というよりもやっぱり生地の名前で呼んだ方が良いなって、
なんとなく自分たちの気分の問題だったんですけどね最初は。でも持っていただいてるお客様も同じだろうと思えたので。
実際に今もお客様と生地の名前で自然とお話できるのは良いなとおもっています。ただし今800柄以上もあって、
お客様の方が名前が詳しいときもあります(笑)


Y こうした品名もですが、シーズンテーマの文面など言葉を大事にしているイメージがすごくあります。


M 僕らは社会的なトレンドとかとは違うものづくりなので自分たちが何を軸に洋服をつくっていくのかとか、
何を考えているかをコレクション前に1回確認はしたくて、そしてそこから思っているのは洋服のデザインの前に今社会はどんな空気なんだろう、
それがどんな方向に向かえば良いんだろうなどと考えてシーズンテーマを書いています。
それが洋服のデザインやテキスタイルの図案になる時にどうゆう空想が乗っていくのかということを考えて描くと自然と絵が生まれてきたり、
形が生まれてくるので、きっかけとしてストーリーはとても大事なのと、言葉は比較的矛盾をはらめるというか、
この現実社会の中にないことを言葉でしるしても、頭で想像できる。
例えば「マイナス50度の真夏」とか、ないとしても頭で想像できる。
なんかそれは言葉の不思議で、人間の面白いところだなと思うんです。
そうやって空想のスイッチを入れやすいですね、言葉は。
テーマをしるして、最初はごくわずかなデザインチームと共有して一緒に目指していく方向をある程度、具体的ではなく一緒に進めます、
そして展示会前に全スタッフに公にしています。

それと、テキスタイルはほぼ自分と田中で描いてますが、なるべく干渉はしないです。
基本干渉しないです。「ほほ〜」とか、「ふーん」というかもしれないですけど。(笑)
僕は田中にテキスタイルの図案をたまに見せますね、それはある意味承認欲求で。(笑)
「どう?良いのが出来たんだけど」と。(笑)
意見をし合うと迷うじゃないですか、迷うことがもう良いものにならないので、できるだけ自分の世界に没頭して出来上がった方が良いですよね、
だからデザイン会議とかないです。


Y minä perhonenは皆川さんのブランドという考えではなく、皆川さんもminä perhonenというブランドとしてどうあるべきかを考えるんですよね?
ご自身ではじめたブランドを自身のこだわりを強く出していくというのではなく、きちんと託す部分は託していけるよう考えてるところが凄いと思っています。


M ブランド名のminä は フィンランド語で自分(私)という意味、自分だったら僕の場合でも自分、次の人が引き継いでも自分だし、
その洋服がお客様に渡ったらそのお客様にとっての自分の服になる訳だし、それでminä ってつけて。
また、100年続くということの方が、自分がどうあるかということよりも重要だというのと、基本僕ができることというのは絵を描いたり、
洋服の形を考えたりする部分だから、それが主体にはなりきらない訳で、田中や他のデザイナーたちと、ストーリーから生まれて一緒につくっているので。
僕は今、中心的にやっているかもしれないけれど、それが徐々に運動体みたいな感じなんでしょうね。





Y 2011年に発売された「minä perhonen ?」を久しぶりに読み返していました。
これまでお聞きした話しが詰まっているような素晴らしい本で、その中で「100年」というタイトルの文章の一部を、
皆川さんに代読していただいてもよろしいでしょうか?


M はい、
「せめて100年は続けよう、と皆川が「ミナ」を始めてから15年が過ぎた。
「今」、2010年は100分の15を終えた地点ではなく、なお100年後を見つめている通過点だ。
ブランドを始めた皆川のデザイナー人生より長く、ブランドを継続させたい。
私たちはブランドを継続する中で、一時的な社会や市場の変化、また経営的な波ばかり目を奪われないように、視線の先は遠くを見つめるブランドでありたい。
遠くを見つめていれば、近くの小さな波に心取られて軸を見失わなくてすむ。完成(終わり)のない道を歩くゆとりがそこにはあるはずだ。
終点や完成を思いそこに向かうと「途中」は意味を持ちづらく、「現在」に視点を合わせづらい。
終わりのない気持ちで今を大切にしていれば「今」を人生の大切な時間として見つめ、その場所で精一杯過ごせる。そして過剰な目的を持たずにいられる」
ということが書かれています。(笑)
確かにあまり変わらないですね。


Y ついつい目先の結果ばかり気にして、不安にかられてしまいがちです。


M 自身で予想することは結局根拠のあることではなくて、自分の期待しているイメージにしかならないから。
その方向にどちらにしても進むので、だから不安に思えば当然不安の方に行くし、だから遠くの景色のあまり明確でないこと。
でも自分が向かいたい道を見ているぐらいの方が何となく、細かいことに気を捉われないかなというのはありますよね。
それは性格かもしれないし、自分達が続けて行く大事さを貫こうとする際大事になっていきますね。


Y すごく共感します。
こうした皆川さんの言葉は洋服を通じて導いてくれるようなものを含んでいる気がします。


M それは自分たちのものづくりで淡々と継続していきたいなと思います。
洋服の流れがどうなろうと、自分達が良いと思うものを精一杯つくったら何人かの人は共感してくれるだろうと思ってつくっていれば、
今何が流行っているとかそうゆうことだけではないと思います。出逢ったら好きになっていた洋服だったら良いなと思うんです。


Y これまで青山のスパイラルで展覧会をしてきている中で必ず、工場の方々など、つくられるまでの背景を伝えてきましたが。


M つくってくれている人や、つくられ方はとても大事だなと思って。
洋服屋さんに並ぶ時は新品のものとして、まるで誰も触ってないかのような錯覚になるときもあるんだけど、
実は糸からはじまって布になって縫う人がいて、本当にたくさんの人の手を渡って新しいものってなっているから、その時間を伝えたいなと思ってます。
その時間の中にある人の気持ちとか、そうゆうことを知るとこれから新しい服を着る人はその服からいっぱい喜びをもらうわけじゃないですか、
そしてつくる人にとってもつくることで喜びをいっぱい得られていたら良いなと思うんです。
だからそうじゃない服、とにかく安くてという洋服は「つくっている人はしんどくても良いんです、お客様が手に取る時に安かったら」となっていると、
喜びのバランスが悪いと思うんですよ。
つくる時に喜んでつくられた服を着ながら喜ぶという風にする方が良いということが当たり前の状態かなと思うと、その背景を知っていただきたい。
出来上がるまでこんなに大変ですよということを伝えたいのではなくて、つくる時にこれだけたくさんの人の仕事があって、
そこには当然たくさんの人たちの喜びが含まれていて、その喜びのボリュームを一旦洋服に詰め込んで、
それを着る人が違う喜びとして味わってもらう。そんな気分です。


Y 今はインターネットで簡単にお買い物ができてしまう時代だからこそ、つくっている人たちの過程を知ることは大事なことだと思います。


M サスティナブルとかecoとか、物質がきちんと循環するようにということはよく言われるんだけど、大事なことは感情の循環だと思うんですよ。


Y minä perhonenを始めた頃からそのような考えありますよね、minibagは端切れの活用から製作されてました。


M そう、八王子に住んで自分で布から作るようになり、自分が手をかけたものが捨てられないという単純な理由ではあったのですが、
捨ててしまうとやったことまで捨てられちゃうみたいな感じかして、そうやって材料について考えるようになりました。
やっぱり工場そのものが続かないというのも、続かない理由はそれを頼んでいる側にあるわけで、
もしかしたら値引きをいっぱいしているとか、一方で大量に廃棄していたりして、そのアンバランスさも変わらないかな?と。
始めた頃に工場にいたからわかったというのがあると思うんです。


Y この本に八王子の頃の皆川さんの写真が掲載されていたんですが、全然変わらないですね、髪型も。(笑)


M ありますね、寝癖のやつですね、モノクロ写真の。別にモノクロ時代ではないですけど(笑)さすがに。
モノクロ感のある家だったんですよ、本当に。
畳の下が土でしたから、土台がないから冬になると畳に霜柱が(笑)寒すぎて。部屋の中が氷点下になっていました(笑)


Y 2015年の「ミナカケル」展で「簡易な宿をやりたい」と皆川さんの夢を書かれたボードが展示されていました。
CALLは宿ではありませんが、野菜の販売やcaféも備わったお店で、また先日私豊島行きましたが、豊島で宿を手がけていますよね。
あの時書いていたことに着実に近づいていますか?


M そうですね、さっきの遠くを見ていると結局そっちの方向に歩いて行くみたいなことはありますね。
それはあまり強い欲求ということではないんだけど、あっちの方に行ってみたいな?っていう感じの気分というか。しなければならないということではなくて。


Y そこに書かれていた宿のイメージは過剰なおもてなしとは真逆のとても簡易なサービスで、ホステルのような感じ。
本来の人々の営みらしさが詰まっていて良いですよね。


M 本当に、確かにそうゆうのも、お互い様という気持ちがなくならない関係性の中で「お客様ありがとう」と感謝があるべきだと思うんですけど、
態度だけが方程式のようにできてしまうから、何と無く気持ちが通じる前に形式的なサービスになってしまうとか。
もうちょっとお互いがリラックスして人間関係から始まっていたら良い時間になるだろうなというのもありますよね。





Y 11月に東京都現代美術館で開催される展覧会はどのようなことをお見せするんですか?


M タイトルは「つづく」なんです。
コンティニューということもあるし、重なっていくということもあるし、また次の人に渡すというのもあるし、洋服だったら着続けるとか、
「つづく」っていう言葉の中に込められてるのは時の経過とか、経験値が色々重なったりとかということを
minä perhonenの仕事の中で展示したいなと思うんです。
またこの間(2015年ミナカケル展)と同じ建築家の田根剛さんが会場構成をしてくれます。
25年ってやっぱりいろいろなことがあったんだなと改めて今準備しながら想い返していて、
そしてやりたいことから比べるとまだ本当に始まったばかりのことだなと。
視点を今から振り返ればたくさんやったようだけど、遠くをみるとまだここかみたいな(笑)
そんな気分を「つづく」というタイトルに込めてお見せできたらなと思うんです。
僕らは東京ではファッションショーという形式でコレクションを発表したことがないですけど、
新作を発表することではないかもしれませんが、一応ショーのようなこともやってみようと思っています。
ショーの経験値がないので、25年経ったブランドにしては上手にできるかわからない(笑)


Y 今日はkeisuke kandaのデザイナー神田恵介さんがいらしてるので突然ですがお話お聞きしたいのですが。


神田恵介 皆川さんの始まりの頃の貴重な目撃者の一人、矢野悦子さんとの始まりのストーリー含めて貴重なお話が聞けました。
同じファッションデザイナーで僕は尊敬してると他のデザイナーさんには言えないですが、
皆川さんだけは違う、本当に素直に尊敬できるデザイナーさんで、そしてバイヤーさんとして悦子さんに見つけていただいて今があるので、
そのストーリー含め本当に良い日を過ごせたなーと思って、感謝しています。


M Y ありがとうございます。


M 確かに矢野さんはデビューしたての人をお店で扱いますよね!
今シーズンこれが売れるかな?売れないかな?じゃなくてデザイナーの背景を見ながら付き合ってくれるというところがあるのでそれはとても希有な感じです。
しかもずっと23年そうしてくれて、神田さんとも長い間で、それはとても独特なことです、そして揺らがない、お店の空気感も変わりませんね。
バイイングの時はどんな気持ちなんですか?


Y 最初のきっかけはそのものが可愛いとか素敵から入ることも多いですが、結果的にはデザイナーさんやつくっている方の魅力にどんどん惹かれていき、
ものだけではないその人自身、背景全て伝えられたらと思っています。
とは言え、Lampはセレクショショップなのでブランドのショップや他のセレクトショップにはない独自の提案をできるよう編集している感じです。


M 見続けてもらうというのは何よりもの信頼関係で、なかなかそうゆう関係性になりづらい時代になりながら、
ずっとそうしてもらっているというのはとてもありがたいことですね。


Y 私からすると、毎シーズン刺激や気づきを与えてもらっていて、見続けたいと思わせてくれるこの気持ちをそのままお店に届けたいと思っています。


お客様からのご質問
皆川さんのお洋服はどこまでも深い愛と、優しさに溢れる想像力だと思うのですが、その深い愛はどこからくるものでしょうか?


M いやーそんなにおっしゃっていただくような深い愛を持ち合わせているように思えないですけれど、自分にもいろんな葛藤があったり、
皆さんもきっと同じようだと思いますが、うーんもしかすると愛っていうことよりも自分は空想するということはとっても自分の中である種の喜びでもあって、
逃避のようなところでもあるんです。それが混ざっているような。
自分の世界の中に閉じこもっていることの安心感と自分が見えない世界を空想する高揚感と、いろいろなことが混ざりながらデザインしているような気がして、
そしてその助けとしてそこから生まれたものは誰かの手に渡るっていうこと。
自分の中だけで成立しないことが、自分がそうしていても良いと思える理由づけになっているのだと思います。
絵を描いてること、ものをつくっていることが一番自分にとっては安心で
おっしゃっていただいているような人への愛ということとはもしかしたら違うかもしれないです。
人の役に立っていると思えることが救いで続けられてるんだと思います。


Y 最後に2019秋冬のテーマをお聞かせください


M(テキストがプリントされたものを読みながら)
(「光と雪の中に」
服が日々の景色となるように。
その景色が着る人の記憶となるように。
そのことが服をつくる人の喜びになるように。
その喜びがものづくりへの情熱となり特別な日常の服となるように
私達はつくり続けたいと思います。

秋冬は寒さを和らげるような暖かく楽しい景色をテキスタイルに表現し、
静けさと穏やかな光を感じさせる色を携えました。
メリーゴーランド柄のレース、動物や花や幾何学のベルベットジャガード、
雪の降り積もる森の景色、森を抜ける木漏れ陽の光のようなチェック柄と
追憶の旅をしているかのような心持ちで
来ていただけるようなコレクションとなりました)

これは洋服をつくる時の動機とお客様に伝えることが混ざっている文章です。
前半の文章では自分たちが洋服をつくるときの思いを「光と雪の中に」と書いています。
自分たちがテキスタイルを描く上での表現の一つの枠で、その服がどうありたいか、
今日ちょうどお話していましたけれど、つくる人の気持ちと着る人の気持ちと、
それが記憶になっていくということを助けるような服にしたいと思いました。
テキスタイルを描きながら、そのようなことも共有しながらつくったコレクションとなりました。


Y 本日はminä perhonenについて素敵なお話を色々と聞くことができました。
この余韻を感じながらお洋服を見ていただけたら嬉しいです。
本日はお忙しい中、皆川さんありがとうございました。
皆様もお越しいただきありがとうございました。

2019年8月23日金曜日17:00〜18:00 場所 Lamp harajuku
( 聞き手:矢野 悦子 Etsuko Yano / Lamp harajuku ディレクター )


2019→20 autumn/winter collection











photo by takashi okano

minä perhonen(ミナ ペルホネン)
1995年にデザイナー皆川 明により設立されたブランド。自然の情景や社会への眼差しからデザインを進め、
日本各地の生地産地との連携により生み出されるテキスタイルを特徴とする。衣服に始まり、インテリアへとゆるやかにデザインの幅を広げながら、
時の経過と共に愛着の増すもの、日々に寄り添うものづくりを目指す。金沢21世紀美術館や東京スカイツリーなどのユニフォームデザインも手がける。


皆川 明 (みながわ あきら): minä perhonen代表、デザイナー
1995年に「minä(現minä perhonen)」を設立。「特別な日常服」をテーマに、オリジナルのファブリックによる服作りを進め、
国内外の生地産地と連携しながら素材・技術開発に精力的に取り組む。
テキスタイルのリーディングカンパニーであるデンマークのKvadratやスウェーデンのKLIPPANなどのデザインも行う。
2018年春オープンした、瀬戸内・豊島と京都の宿にデザインやディレクションで参加するなど、インテリアやホスピタリティのデザインへも思考を深めている。