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2021.04.12
【H.P.DECO】混沌は全ての始まりで歪んでいるから進化する
こんにちは。
初めてH.P.DECOブログに寄稿します、もも世です。

今回はアート&パンクな存在感ありながら、不思議と生活になじむクーン・ケラミックについて。
クーン・ケラミックと私は、マルトと一緒に行ったパリの展示会で10年ほど前に出会いました。
一目見て力を感じ、私たちは一瞬でトリコになりました。
実はBazar et Garde-Mangerで買付したい、とデザイナーのベルンハルトさんに申し出たら
「H.P.DECOが買いましたよ」と言われて泣く泣くあきらめた過去がございます。



さて・・・
ベルンハルトさんが陶器に出会ったのは8歳頃。
土を捏ねれば好きな形が作れることが楽しくて、想像の赴くままに色々なものを作ったそうです。



クーン・ケラミックを立ち上げて、今は石膏型に陶土を押し込んで、幾つかのピースを手で組み合わせて作っています。
手仕事により、ひとつひとつのセラミックに個性が加わり、全く同じものは一つとしてありません。
これがとても大事なのです。



ベルンハントさんは言います。
「完璧は、単純すぎる。
 完璧なものや、一切の欠点のない人は、ただただ退屈なだけです。
 どこかに欠けや、喜びがあって、物事は面白みを持ち始めると思います。
 混沌は全ての基盤で、始まりなのです。
 私の作品は歪んでいて、進化の始まりなのです。」



私は毎日の朝食にクーン・ケラミックのカップを使っています。
寝起きにも胸焼けにも疲れにも、優しく手と口になじんでくれるのです。
でもどこか、反骨精神がある。まるで自分の分身のようなカップです。

そうか。いびつで、手で作られていて、完璧で無いから気持ちいいんだ。
完璧からほど遠い、不完全な自分に寄り添ってくれるのです。





毎日が愛おしく人間と人生のゆがみを飲み込み受け入れらるようにしてくれる、
そんな相棒のような陶器作品です。



「私(ベルンハント)はといえば、伝統的な日々の器にも、美術品としてのセラミックのどちらにも属していません。
 そもそも、クーン・ケラミックは歪んでいて、均等ではなく(一般的によくないとされますね)、
 ありふれた題材過ぎてアートとも言えない。
 私は慣習的に既に完成され出来上がったものを作りたいのではなくて、
 むしろそれらとは逆を行くもの、私の声や主張が表現されたものを制作したいのです。」



H.P.DECOにクーン・ケラミックがあること、私は誇りに思います。
使うたびに共鳴して、シンボルのように掲げたくなるこの陶器たちを紹介し続けられるお店でありますように。