ショップ

ブランド

アーカイブ

2019.07.19
クリエイターが教えてくれたこと

H.P.FRANCE PR 江間亮子
クリエーターが表現するものは、完成品から得られる表層的なものに留まらない。一個人としての思想や哲学、おかれた時代の呼吸、その全てを内包すると思っています。そんなクリエーターの「人」としての一面を感じてもらいたく、彼らとの想い出と共に、私的に綴ります。




SERGE THORAVAL(セルジュ・トラヴァル)と会ったのは一度きり、私にとって彼とのコミュニケーションは、作品を通して成し得たものです。
2 1歳、これから大人として生きていく覚悟と理想のハザマで、かなり特異な感情の波が私を支配していた頃です。当時、アッシュ・ぺー・フランスへの入社が決まり、研修を兼ねたアルバイトとして配属されたのは、ラフォーレ原宿にあった「H.P.FRANCE」でした。4面に並んだガラスのアクセサリー什器、奥には大きな切り株が鎮座していました。その上に置かれた無骨な質感のアクセサリー。金属に不揃いに刻印されたタイポグラフィーが印象的でした。




 「口づけとはつまり・・・
   少し近づいて誓いをたてること。
   より親密な約束をすること。
   告白を確かめあうこと。
   ・・・ほんのり薔薇色を帯びること」 
(エドモン・ロスタンによるシラノ・ベルジュラック)
そうフランス語で刻まれた「接吻」コレクションは、SERGE THORAVALの創作の原点です。彼のパートナー、ジュヌヴィエーヴはのちにこう語ってくれました。「作品を作り出した頃の彼は、心から湧き上がる慟哭をメタルに刻印するかのようだった」と。その打ち付けられたエネルギーを受け取るように、私はこの作品から閃光のような衝撃を受けました。まさに若さゆえの「ゆらぎ」の最中にいた私の心に共鳴したのです。そこにはSERGEの想いが生々しいほどに溢れていました。これほどまでに創り手の思いが溢れ出すアクセサリーに出会ったことはありません。まるで感電したように、私は彼のクリエイションに魅了されました。




彼の作品と出会って2年も経たないある日、来日した彼と初の対面を果たします。それは、何とも突発的かつ、夢うつつなものでした。当時、上野の事務所に来た彼とたまたま出くわしたあの日、彼はブルーのGジャンに、デニムのパンツ。ごくごく素朴で、少しワイルドな印象。少し笑みを湛えた唇は、ほとんど開かれることはありませんでした。ただ、その瞳に宿る真摯で、率直な力を秘めた眼光は、私の脳裏に焼きついています。今でも残るこのSERGEの残像。交わした言葉は「BONJOU R(ボンジュール)」ただそれだけ。しかしその時、何か会話を交わしたような、不思議なエネルギーを発していました。その後程なくして訪れた、あの日の朝。あの、えも云われぬ不穏な空気を私は忘れません。ちょうど20年前の1999年、新しい年を迎え初出勤、私は事務所の空気に只ならぬ何かを感じました。そして始められた年始の朝礼で「年末からSERGEが行方不明です」との報告に、その不穏な空気の正体を理解しました。その日をどう過ごし、どのような形で伝えられたかは忘れましたが、程なく急逝の事実が判明したことを覚えています。かねてより好きだったバイクでのツーリング、年末の休暇を使い一人パリ郊外へと出かけた際の不慮の事故でした。




最初で最後の逢瀬となったあの日、私に焼きついた彼のまなざしは、今もくっきりとした残像で心に宿っています。彼は時を越えても残る、彼という存在を放つ「人」だったと感じています。そして何より生きるメッセージを湛えた沢山のコレクションがあります。その魂を受け継いだ、ジュヌヴィエーヴ、息子ロック、そしてアトリエを支えるクチュリエたちが居ます。
今改めて伝えたい。SERGE THORAVAL、あなたとの出会いにありがとう、を。


H.P.FRANCE PR 江間 亮子
H.P.FRANCE THE PAPERNo.200より転載
SERGE THORAVALブランドサイトはこちら