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George Cox × CANNABIS 新作入荷

待ちに待った

GeorgeCox×CANNABIS

新色アイボリーが入荷しました!!!!

 

クリーパー_wht_1.JPG

クリーパー¥33,600-

 

8ホール_wht_1.JPG

ダービーブーツ¥31,500-

 

インディペンデントなファッション情報サイト Cluster に掲載されてます

http://www.clstr.net/from-shops/cannabis/x-george-cox-creepers/

俺より詳しく書いてくれている・・・ 笑

 

ついでにスナップもしてくれました↓

http://www.clstr.net/blog/2010/01/2069/

 

 

もちろん前回の黒も再入荷しております

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ついでに昨日行われた

DROP横田主催の新年会の様子を少しUP

原宿の猛者達が集っております↓

IMG_5249.jpg

 

 

あと前回のGeorgeCoxの記事を

コピペしておきます↓

GeorgeCox.jpg

8ホール ダービーブーツ

ブローセルクリーパー

インソールの刻印は別注の証

   

中学生の頃からずっと履き続けてきたGeorge Cox

かなり愛着があります

ライブでパンチ飛び交うモッシュの中に飛び込む時

足下は必ずラバーソールでした

僕にとっては戦闘靴みたいなもんです

カッコつける為の男の靴です

オールディーズ

ロカビリー

スキンズ

テッズ

パンク

ネオロカ

サイコビリー

自分の大好きな音楽を感じる

ROCK'N ROLL な靴です

 

薀蓄やらは↓を見て下さい

 

 CANNABIS × George Cox (カンナビス×ジョージ コックス)

 

クリーパータイプ

創業100年を超える英国の老舗靴ブランドGeorge Coxより、ピストルズ、クラッシュ、ストレイキャッツなどのテッズやパンクス、ネオロカ達から大きな支持を得たクリーパーをCANNABIS的な解釈で別注。

Blackスウェード×白ステッチで上品な仕上がりながらも、ソールの厚みとコバの広さでインパクト十分。

チェスターコートに合わせても、ライダースに合わせても抜群の逸品である。

ソールの仕様はBrothel Creepersでクレープソールの断面をマッドガードと呼ばれるラバーで覆いクレープの断面を隠している手法。

インソールにCANNABISのロゴが刻印されている。

 

付属:白紐、黒紐 各一本ずつ

参考価格:¥31,500-

 

ダービーブーツタイプ

ドクターマーチンの1460Zよりもラストの仕上がりがスリムなGeorge CoxのダービーブーツをCANNABISが別注。

高さのある8ホールですっきりとした仕上がりなのでスーツと合わせてもOK

Air-Seal Cushionsソールの採用により衝撃吸収性に優れ、アウトソールは熱により接着されており外見的にも

通常の縫製より美しい仕上がりになっている。

インソールにCANNABISのロゴが刻印されている。 

 

 

 

現在より遡ること50年余り、1950年代当時、まだ人種差別が激しかったころのアメリカでは、白人は白人の音楽(ポピュラーミュージック、カントリーetc)、黒人は黒人の音楽(R&B、ブルースetc)と演る側と聞く側の人種がはっきり別れていたという。そんな中、白人の若者達は大人が聞くポピュラーミュージックやのんびりとしたカントリーに満足できず、もっとビートの効いたのれる音楽を求めていた。それに気付いたフィラデルフィアのDJ"アラン・ブリード"は自身のラジオ番組で黒人のR&Bをかけまくった。もちろんアランの番組は白人の若者達に人気を集め大成功した。当時人種差別からR&Bなどはレイス(差別)ミュージックと呼ばれ差別的意味合いが強かったため、これを避けるため番組中アランは"ROCK'N ROLL"という新しい呼び名を使った。これが"ROCK"の誕生であると一般的に言われている。

 

ペンシルバニア出身の"ビル・ヘイリー"は、ヒルビリー歌手を目指して40年代の間中多くのバンドを転々としていた。ミュージシャンとラジオDJの二つの顔を持つ彼の元にリスナーから一本の電話が入った。16~17歳の白人の少年からの「もっとビートが欲しい。カントリーはかったるい。」という不満の電話であった。ビルに迷いは無く自らのバンド"サドル・メン""コメッツ"と改名し、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツを結成した。"ロケット88""ロック・ザ・ジョイント"がスマッシュヒットし、1955年に"ロック・アラウンド・ザ・クロック"が大ヒットしたと共に、同曲は映画"暴力教室"のテーマ曲であった。このことが大人達のヒンシュクをかい、"ROCK=不良の音楽"という方程式が出来上がってしまったのだ。大人たちがダメと言えば求めたくなるのが若者達である。そして彼らの支持と共に50年代には多くのロックンローラーが登場した。"エド・サリバン・ショウ"に腰から下は映さないという出演条件の中、視聴率82.6%という伝説を残したスーパースター"エルビス・プレスリー"を筆頭に、エディ・コクラン、バディー・ホリー、カール・パーキンス、ジェリー・リー・ルイス、チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、ラりー・ウイリアムス、ボ・ディドリー、リトル・リチャードなど現在まで多くのミュージシャンに多大な影響を与えたロックンローラーたちが活躍した。その後アメリカで生まれた"ロックンロール"が海を越えて世界的なムーブメントを起こしたのは言うまでもない。

 

ミュージシャンに愛されつづけるクリーパ
ロックが誕生した時代に1906年より創業した"GEORGECOX(ジョージ・コックス)"が1949年に"BrothelCreeper(ブローセルクリーパー)"の製造を開始した。クレープソールを使用したこの靴はいわゆる"ラバーソール"の誕生を意味したのである。ロックの誕生より少し早いが、ほぼ同時期にGEORGECOXのクリーパーが生まれたといっても過言ではない。もちろんGEORGE COXのクリーパーが、現在に至るまで数多くのミュージシャンに愛されたのは言うまでも無いことである。

ワークブーツからストリートアイテムへ
また、時代は少しさかのぼるのだが、1945年ドイツ人医師クラウス・マエーテン氏が自身のスキー中の事故により足を怪我した際、痛みを和らげるためにクッション性の優れた靴を作ろうと決心し、友人のヘルベルト・フングと開発したのが"エアクッションソール"であり、現在のドクターマーチンソールである。その後、1960年にR・グリックス社が"Dr.Martens(ドクターマーチン)"の商標を獲得し、その年の4月1日に伝説の8ホールブーツが誕生し、その生年月日から"1460Z"と名付けられた。Dr.Martensは歩きやすく丈夫なワークブーツとして警察官、郵便配達員、建築作業員などに親しまれていた。そのDr.Martensがスタイリッシュなストリートアイテムとして脚光を浴び、数々のミュージシャンに愛されるようになるのに時間はかからなかった。

 

テディーボーイとクリーパ
1950年代GEORGE COXのクリーパーはイギリスで発生したユースカルチャー"テディボーイ"のアイテムとして人気を集め、当時アメリカで誕生した音楽"ロックンロール"と次第に結びついていった。バリバリに決めた50'Sスタイルに足元はスタイリッシュなクリーパー(コンビの色使いが好まれていた)を合わせたりしていた。

ミュージシャンからの熱い支持
60年代に入りGEORGE COXのクリーパーはモードシューズとしてヒットした。そのころ誕生したDr.Martensは"ザ・ビートルズ""ザ・ローリング・ストーンズ"等、誰もが知っているバンドにも愛され、またパブリックなシーンにDr.Martensのブーツを身に付けて登場した最初の有名人の一人として"ザ・フー""ピート・タウンゼント"等があげられる。腕をグルグルと回し、高くジャンプした彼の足元は紛れも無くDr.Martensである。また丈夫でハードなイメージのDr.Martensがフーリガン達に好まれる様になったのもこの頃からだと言われている。

パンクの誕生
70年代に入り、ロンドンを中心とした風変わりなファッショントレンドが巻き起こる。その風変わりなファッションは次第にイギリスのファッションの最前列へと躍り出てきた。1971年、"ヴィヴィアン・ウエストウッド""マルコム・マクラレン"ロンドンのキングスロードにあったパラダイス・ガレージという名の60'Sのブティックだった店を手に入れ、テディ・ボーイを相手とした"LETIT ROCK"をオープンさせた。そこでGEORGE COXのクリーパーが販売された。店は73年になって"TOO FAST TO LIVE,TOO YOUNG TO DIE"へ、74年には"SEX"へ、76年には"SEDITIONARIES(セディショナリーズ)"へと次々に店名を変えていった。もともとこの店で働いていた"グレン・マトロック"と、店にたむろしていた"スティーブ・ジョーンズ""ポール・クック"、そして店のジュークボックスの前でオーディションを受けた"ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)"によって結成されたのが"セックス・ピストルズ"である。後にグレンが脱退し、誰もが知っているであろう"シド・ヴィシャス"が加入したのは有名な話である。また、そのセックス・ピストルズを見て元ロンドンSSの"ミック・ジョーンズ""ポール・シムノン"が101ersを解散させたばかりの"ジョー・ストラマー""ザ・クラッシュ"を結成した。
彼らの奇抜なファッション、反抗的なメッセージや荒削りなサウンド、これらは"PUNK"という新たなジャンルを確立した。他にも"PUNK"の誕生と共にダムド、ストラングラーズ、シャム69、バズコックス、ジェネレーションX等、多くのバンドが活躍した。そして彼らがGEORGECOXのクリーパーやDr.Martensのブーツを履いていたことにより両ブランドが"PUNK"と強く結びつき現在までパンクファッションやスタイルに必要不可欠な物となったのである。

幅広い支持を集めた
GEORGE COX
とDr.Martens
80年代に入りDr.MartensはカオスU.K、エクスプロイテッド、G.B.H、ディスチャージ等に代表されるハードコア・パンクやアディクツ、ブリッツ、ザ・ビジネス等のoi,スキンズの面々にも愛用された。また、スペシャルズ、マッドネスなどのスカブームの火付け役となった彼らも身に付けており、さらにはイギリスのポップシーンの拡大により、ポールキングやカルチャークラブのボーイジョージ、スミスのモリッシー等、華美なコーディネイトの仕上げにもDr.Martensを合わせたりし、幅広い支持を集めていった。GEORGECOXのクリーパーにいたっては、"ブライアン・セッツァー"率いる"ストレイ・キャッツ"の登場により、ロカビリーリヴァイバルが起こり、当時の若者達にGEORGECOXは熱く支持された。彼らに代表されるネオロカビリーシーンだけでなく、メテオス、クルーメン、グアナバッツなどに代表されるサイコビリーシーンにもGEORGE COXはもちろんDr.Martensも愛用された。

確固たる音楽との関係
90年代に入りファッションは徐々にドレスダウンの風潮が高まっていく中でも、GEORGE COX、Dr.Martensはロックシーンを中心にあらゆるジャンルのミュージシャンから支持され続けていく。ブラー、スウェード、オアシス、プロディジー、ランシド等様々である。もはや両ブランド共に、音楽との結びつきは確固たるものとなり、多くのミュージシャン達のマストアイテムとなった。
日本でもGEORGE COXのクリーパーは80年代半ばに起こったバンドブームにより第1次ブームを経て、90年代後半にはストリートファッションの定番アイテムの一つとして認められ、ブームが巻き起こったのはまだ記憶に新しい。

変わらない反抗の精神
現在21世紀に入り、GEORGE COXのクリーパーは一時のブームが去り、Dr.Martensにいたっては世界に比べるとまだまだ日本での認知度は低いのが現状である。しかしそんな時代だからこそミュージシャンとストリートカルチャーに深く関係し"反抗の精神"を継承してきたGEORGE COXとDr.Martensをカウンターカルチャーの証として自らの意思で履いて欲しいと思う。そして、その気持ちを忘れずに履き続ける事で新しい次の時代にも受け継がれていく事を願っていきたい。

 

ラバーソール40年の歴史

 日本でラバーソールと呼ばれている分厚いゴム底の靴は、正しくはブローセル・クリーバーズと云います。
 ジョージ・コックス社を代表する商品なのですが、ジョージ・コックス社の創業が1906年でありラバーソールの誕生が1949年で
 あることを考えると、ラバーソール以前の歴史も40年以上ありその確かな技術力を基にラバーソールが造りだされていった事が
 分かると思います。

ロックやパンク、ロカビリーの精神

元々、ラバーソールは、キングス・ロードのショップ「ROBOT」の物が、最も有名なのですが、一説には、
 ロイドジョンソンの店「ジョンソンズ」の別注から始まったとも云われています。
 又、ラバーソールの別称として、ビートルクラッシャーとも呼ばれる事から考えると、農園等で害虫を踏み潰していた作業靴
 が原型なのかもしれません。
 しかし、由来はいずれにしても、当時の若者たちが規制のルールにとらわれない、自らが創り出していった文化テディボーイ
 から発生してきた物で、その使用目的は自己表現そのものなのです。
 言い換えれば、ロックやパンク、ロカビリーの精神が、靴の型になって表現されたもの、それがジョージコックス社のラバー
 ソールなのです。それゆえに、ピストルズやクラッシュ、ストレイキャッツなどが名を連ねているのです。
 そのパワーは、あのヴィヴィアン・ウエストウッドまでもが、キングスロードの自身の店でラバーソールを販売していたこと
 からもうかがい知ることができます。
 

 

ブランド紹介

ジョージ・コックス社は、イギリスの靴づくりの原点であるノーザンプトンシャーで、1906年にジョージ・ジェームズ・コックスによって創業された。その時代を代表するデザイナーやショップ(1)の靴を作ることにより、徐々にその名声を高めてきたジョージ・コックスであるが、中でもそれを決定的にしたのは1949年に発売された BROTHEL CREEPERS(ブローセル クリーパーズ)と呼ばれる厚底の靴と、1960年代のWINKLE PICKERS(ウィンクル・ピッカーズ)というトンガリ靴の爆発的成功であった。 1970年代に入るとヴィヴィアン・ウェストウッドやセックス・ピストルズがとりあげたことにより、パンク・ファッションの制靴としての地位を確立した。 1973年には、Dr. MARTENSがキングス・ロードのショップ、ロボット(ROBOT)の定番となったことにより更なる発展を遂げ、現在に至るのである。

1:ジョージ・コックスを愛したデザイナーとしては、ジョン・ムーアやローラ・ダフィ、 キャサリン・ハムネット、ヴィヴィアン・ウェストウッドなど、またショップではロボット、ブルームーン、ドクター・アダムス、ジョン・フルーヴォッグなどがあげられる。 またミュージッシャンでは前述したセックス・ピストルズをはじめバナナラマやビリー・アイドルなどが有名。

 

Brothel Creepers(クリーパー)

brothel=売春宿、creeper=這うもの,這う人、の意。ジョージコックス社で最も有名な靴であり、非常に厚いゴム底を特徴とする。 クリーパーは、1949年にジョージ・ハミルトン・コックスにより開発されたが、彼の周囲の反応は冷たかったそうである。 クリーパーのソール(靴底)は、クレープソールが使われているが、一般のクレープソールにおいては、ソールの側面に多数の断層状の模様が見えるのに対して、クリーパーは、クレープソールの外側を、マッドガードと呼ばれる新たなラバーで覆い、クレープの断面を隠している。クリーパーではソールに4番、5番、6番などと区分があり、数字が大きくなるほどソールが厚くなる。 品番としては、3588505252898961DACEなどがクリーパーに該当する。

Air-Seal Cushions(エアシール・クッション)          

空気が封入されており、衝撃吸収性に優れたソールを使ったモデル。ジョージコックス社のエアシールクッションソールには、ヒート(熱)・シール技法と呼ばれる技術が使用されている。これは、ソールを本体に熱を使って貼り付けるもので、縫い合わせるよりもきれいな仕上がりになるという。ブーツからフォーマルなデザインのものまで、幅広いデザインの靴が属するモデル。

ジョージコックス社では、数多くの有名デザイナーや、ショップの別注の商品の生産を行っていることでも有名で、その靴には「ジョージ・コックス」のブランドを冠していないものもあるが、それらも含めると、デザインやタイプは膨大な数に上る。