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パキスタンとのつながり

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私自身はパキスタンへ行ったことがありませんが、祖父がパキスタンで色々なビジネスをしており、祖母がしょっちゅう「おじいちゃんは出張でイスラマバードへ行っているんだよ」と言っていたのを覚えています。祖父は一時期、パキスタン協会の日本委員長を務めていたこともありました。パキスタンとアフガニスタンの戦争に関するニュースを読んだとき、私はひどく悲しくなりました。とりわけ、これから成長し、学び、安心感を得ることをただ望んでいる子供たちのことを思うと。

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私のヒーローの一人にグレッグ・モーテンソン(Greg Mortenson)という人がいます。彼は中央アジア協会(Central Asa Institute)の設立者です。この協会は少女たちの教育に重点を置き、パキスタンとアフガニスタンの最僻地に学校を作っています。また、彼は2冊の本を書いており、『Stones into Schools』という最新刊は今年の初めに出たばかりです。モーテンソンはこれらの地域の、西洋とは非常に異なる習慣について説明するのがとても上手です。そして、たとえ何年かかろうとも、約束した学校を村に作るためにさまざまな障害を克服してきました。一例は、彼が初めてパキスタンに建てた学校です。そこは、学校を作り始める前に、まず村へ材木や設備を運べるように川を渡る橋を架けるところから始めなければならないほど田舎でした。村人たちはそれまでスチールケーブルに吊り下げた木の箱を使って川を渡っていたのでした。箱の中に座り、手で引っ張って移動していたのです。
 
不思議なことに、私は最近、グレッグ・モーテンソンと私の祖父とは"Sitara-e-Pakistan"という賞を2人とも受賞していたことを知りました。それはパキスタンでもっとも高位な市民栄誉の1つです。私の祖父が受賞したのは1984年で、グレッグ・モーテンソンは今年でした。この前、日本に行ったとき、私は祖父が授与されたメダルの写真を撮ってきました。
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私を苦しめるのは、私が幼稚園から大学までの生涯にわたり私学教育を授けられた安全な国で、今こうしてPCの前に座ってタイピングしているということ、かたや、世界の反対側では十分な食事を得るにも不自由し、初等教育さえ満足に受けられずに苦労している少女たちがいるということです。私の祖父がその一部をパキスタンで稼いだお金は、私が本当に良い学校へ行くための教育資金として私を助けてくれました。私が育ったときと同じ機会をパキスタンの少女たちももてるよう、私は願い続けています。だって、これでは不公平です。
残念ながらモーテンソンの本はどちらも日本語には翻訳されていませんが、もし英語が読めるなら、『Three Cups of Tea』か『Stones into Schools』を見つけるように強くお勧めします。どちらの本も、あなたに希望と、そして世界をより良い場所にするために行動する勇気を与えてくれるでしょう。